KUBOSO

久保惣の西洋絵画展へ。基本的に東洋古美術が専門ですが、常設展で自館所蔵の西洋美術が10点ほど展示されているのですが、所蔵する西洋美術一挙公開という特別展です。6月に予告編も鑑賞しています。

久保惣の西洋絵画

「久保惣の西洋絵画」展、あべのハルカス美術館のゴッホの跳ね橋と印象派の画家たちと似た構成で、ロマン主義がなくて「バルビゾン派」から始まっています。岡倉天心がバルビゾンを芸術家の理想郷とし倣って茨城県に日本美術院五浦研究所を設立したことを和歌山の項で書いたばかりです。

コロー ⾵景(1860-70年頃)はベルギーに近いアラス近郊の風景らしい。

ミレー ⼿押し⾞を押す男(制作年不詳)は同じ主題で描かれた油彩エッチングの素描。ファン・ゴッホが心の師として敬愛していたミレーです。

「印象派」のセクション。通常は東洋古美術の展示室で、茶碗とかを展示する台が絵画の下にそのまま。

入口でメインビジュアルになっていたルノワールの カーニュのメゾン・ド・ラ・ポスト(1906年)、晩年のルノワールがリウマチの治療のため滞在していたコート・ダジュールのカーニュの郵便局のある建物。

ドガ 踊り⼦(1879年頃)はジャポニズムに感化されたパステルの扇面画、ガラスの写り込みが気になります。「おこりんぼうで、友だちはすくなかったドガ」とルビ付き解説。

モネ セーヌ河の朝(1897年)はひろしま美術館から借りてきた作品。壁に作り付けのガラスショーケースと額縁の保護ガラスの二重に非常口のサインが写り込み、画面中央に背面の展示が映り込んでいて、せっかくの光のモネが、かなり、かなり残念。

モネの浮世絵コレクション目録にある浮世絵と同じ図柄の作品を当館所蔵作品から参考出品。葛飾北斎 牡丹に蝶。展示室中央の平ケースで殆ど写り込みはありません。

歌川広重 冨⼠三⼗六景下総⼩⾦原、小金原に近い松戸や柏に住んでいた自分、この小さい富士山は年に1、2度自宅から見ることができました。

歌川国芳 ⼭城国井出の⽟川、自分も桜と山吹が一緒に楽しめる井手の玉川でへんちきの花見をしています。「一勇斎国芳画」「佐野喜」と落款が3箇所にあり、3分割でバラ売りされていたと分かります。

「ポスト印象派」のセクション。写り込みが激し過ぎるファン・ゴッホ 機を織る⼈とベビーチェアの⼦供(1884年頃)、自分の影になったベビーチェアの子供はくっきりもを機を織る人は反射の中、全体像がよく掴めません。ファン・ゴッホ 紡ぎ⾞を繰る⼥(1883-1884年頃)は角度を何度も変えて撮った一枚です。いずれも両親の住むノイネンでの作品とあります。あべのハルカス美術館の「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」ではニューネンとなっていました。NuenenをGoogle翻訳に発音してもらうとニューネン、ノイネンとは聞こえません。

ファン・ゴッホ 耕す⼈(1882年頃)とゴーギャン 若い裸婦(1885-86年)、引いてみるとさらに激しい写り込み。

「20世紀の画家」のセクション。モディリアーニ イタリアの娘(1916年)は写り込みを避けるため斜めから撮ってます。

ずーっと見続けていられるルオー ⼥ピエロ(1946年)、写り込みが顔に掛からなくて良かった。ピカソとシャガールは撮影NG、たぶん著作権がまだ切れていないため。

「版画と彫刻」のセクション。ゴヤ 闘⽜技(ラ・タウロマキア)より(1816年)の紙がよれよれなのは、美術館のせいではなく、200年近く前に水に濡らされ、プレス機でギューッと刷り上げられたオリジナル版画であるという歴史と技法の証明だそうです。

ロートレック マルセル・ランデ嬢胸像(1895年)のふたつの非常口サインは画面の外で良かったのですが、マティス 『ジャズ』より:ラグーン(1947年)ではふたつの非常口サインが作品の一部みたいになってました。

「日本人と洋画」のセクション。岡⽥三郎助 南仏レボーの古城(1931年)は見覚えがあります。1981年の南仏の旅で、ドーデーの風車小屋の写真撮並んでいる白い岩山です。どうやら写真だけアップして文章を書き忘れていたようですが、Vue Sur Les Bauxという中世の要塞跡です。岡田三郎助の絵と同じく見上げた角度の写真が残るばかりで、上まで登ったかどうかも記憶が定かではアリません。GoogleMapにアップされた写真を見ると、糸杉がいっぱい、中世のままの町並みも遺されており、作品や記録には見当たらないもののファン・ゴッホが訪ねていなかったとは考えにくいです。

大原美術館の礎を築いた児島⻁次郎 ガンの街(1910年頃)、留学中のベルギーでの作品です。

睡蓮の池

ジヴェルニーじゃなくてKUBOSOの睡蓮の池。フランス語風にするとCoubeaussauかな。

チョウトンボ、黒く見えたり、青く見えたり、まさに構造色。

オオシオカラトンボとショウジョウトンボ。

クロイトトンボ。

風鈴の音と睡蓮の池とチョウトンボ。

本館への小径にルリマツリとキキョウ。

本館の受付でスタンプカードに2つ目のスタンプを捺してもらいました。今回のスタンプはルノワールの花飾りの女(今日も展示中)がモチーフ。まだ2つ目のスタンプなのに景品をいただきました。景品はKUBOSOオリジナル和手拭い(はぎれかも)。自館所蔵の新版ねこづくし、ドガの踊り子、ロダンの考える人、青銅器の博山炉などをモチーフにしたイラストがびっしり。4つ集めるとまた何かもらえるようです。

中国の工芸品

本館の「中国の工芸品」展、商時代(紀元前13〜11世紀)の青銅器、饕餮文斝の饕餮(とうてつ、あらゆるものを激しくむさぼり食う怪物)文と蝉龍文鼎の蝉龍(セミとドラゴン)文のクローズアップ。

饕餮文鬲鼎(商時代 紀元前13〜11世紀)と饕餮文の解説パネル。今更ながら饕餮文はトランスフォーマーのサイバトロン、デストロンマークに似ていると気が付きました。

四龍鈕長壺(戦国時代、紀元前5〜3世紀)、砲弾形の細長い酒壺の蓋にのった4匹の竜と側面取手の獣面。

饕餮文鐃(商時代、紀元前13〜11世紀)、鐃(どう)は取手を持って槌で叩く大きく饕餮が刻まれた楽器。

多乳龍文鐘(西周時代、紀元前11〜8世紀)は吊って叩く楽器、大小十数個から数十個で編成され音階を奏でていたらしい。

殷時代(BC13〜11世紀)から南北朝時代(AD5〜6世紀)の青銅器。その展示台平原に南北朝時代の

王氏作方格規矩四神神獣文鏡(前漢〜後漢時代、BC1〜AD1世紀)、円形の文字帯右上に「王氏作」と作者名、正方形右下外に朱雀らしきが。

仙人四獣文鏡(後漢時代、2世紀)では四神の彫りが深く、上に玄武、右に白虎、下に朱雀、左に青龍がくっきっり。

重要文化財建武五年半円方格重列神獣文画像鏡(南斉時代、建武5年-498年)、直径24.2cmで紀年鏡として最大級、髪の毛ほどの細さの文字、龍・亀・鳳凰・神仙などの文様が限界に近い緻密さ、今なお銀白色の輝きを保つ良好な状態で保存されていることなどにより重文に指定されているそうです。

龍文鏡(唐時代、8世紀)、唐時代になって粗雑になってしまう青銅鏡、儀礼用の青銅器より貨幣製造が優先されたことなどが原因らしい。

玉犠首簋玉饕餮文觶は、青銅器に比べて数少ない商時代(BC13〜11世紀)の玉(ネフライト、軟玉)製の器。饕餮文は青銅器のように鮮明ではありません。

猫にまつわる作品展示

前回は近世日本の陶磁器展として一入や了入の樂焼が展示されていた第4展示室、今日は「猫にまつわる作品展示」。

歌川国芳 道外獣の雨やどり(天保13年、1842年)、猫は虎の前にいて、魚を咥えたネズミが描かれた幟を立てネズミ取りやに扮しています。大八車を引く牛、白玉売りの狐、薬箱を置いた兎…らが大木の下で雨宿り。

歌川国芳 荷宝蔵壁のむだ書(黄腰壁、弘化4〜5年、1847〜1848年頃)は落書き風役者似顔絵、真ん中に頰かむりした猫。突っ込むといくらでもブログネタになりそうな一枚です。

歌川国芳 猫の当て字うなぎ(天保13年、1842年頃)はワークショップで自分も摺師上町乙傘として摺らせてもらっています。

三代歌川広重 新版猫づくし(慶応元年、1865年)には全部で39匹。

程璋 秋園叢趣図(1919年)、程璋は上海画派を代表する書画家・画家。三毛猫が画面右下に隠れています。クローズアップすると朝顔の上でハチを狙っているカマキリ、さらに赤い葉っぱには横取りを狙ってる別のカマキリ。

市民ギャラリーで山野草展、山野草の盆栽です。梅や松の木の枝ぶりを楽しむ盆栽とは異なり、草花の素朴さや可憐な自然な姿を楽しむものだそうで、ぜんぜん知らなかった趣味のジャンルです。盆栽と違って見頃は短いだろうなと調べてみると、花だけでなく芽吹きから落葉までの四季の移り変わりを一年を通じて鑑賞できる楽しみがあるらしい。

久保惣を出るとちょうど1時間1本のバスの時間、隣接するひつじ公園へ行ってみたかったけど、1時間炎天下はありえないので、バスに乗りました。今日のブログタイトルはバスに乗ってくると到着前に見える本館裏に掲げられたKUBOSOにします。

西洋絵画展の写り込みはいただけなかったけど、少なからず美の発見もあり、お気に入り美術館のひとつに変わりないKUBOSOです。