白縁雨滴天目傘

曜変天目茶碗の展示再開、3ヶ月ぶりの藤田美術館へ。3つのテーマで毎月ひとつのテーマが新しくなるので、前回訪問時から全て展示替えされていることになります。

いつもは谷町線天満橋から歩いて行くところ、ちらちら雨が振っていたのでルート変更。まずは近鉄で鶴橋、環状線で京橋、JR東西線で大阪城北詰という利用したことのないルートです。藤田美術館と大阪城北詰駅の出口が隣接しているのでほぼ傘無しで行けるはず。

JR東西線京橋駅1番線に駅そばを見つけ、窓の外の発車案内を見ながら、肉そばと間違ってボタンを押してしまった肉うどんを食べているところです。

10:45の西明石行で旧片町駅付近で地下にもぐります。右手の空地に旧片町駅のポイントが草むら中に残されていると分かりました。

藤田美術館

大阪城北詰駅の改札を出て右へ。1番出口の階段を上るととすぐ横にあるはずの藤田美術館がありません。出てきたのは京阪電車の線路の南側、改札を出て左へ行くべきところ完全に勘違いしていました。藤田美術館隣の出口は3番出口です。

入館料を支払うとスタンプカードを渡されました。3ヶ月毎に区分けされていて、やはり3ヶ月毎に訪ねるのが正解と分かり、7月以降のテーマも既に決まっているようです。今月から始まった「渡」には曜変天目らしきスタンプ。4つ貯まると1回無料になるんですか?と尋ねるとまだ決まってないけと何か記念品がもらえるようです。5-7月で「香」のテーマが始まるはずですが、来月になると新しいスタンプカードをもらえるのか、その辺は不明です。

最初の扉が開くと真っ暗な中にその次の部屋への扉だけが浮かび上がります。2つ目の扉が開くとメッセージが浮かび上がります。

特別な知識がなくてもじっくり時間をかけて「みる」、学芸員さんの生解説やQRコードからの解説、それにAIから「きく」ことでその作品の美意識やそれを愛した人々と感動を共有し、心が動いたことを誰かに「はなす」と感動はさらに強く心に刻まれ、はなした人とつながる。まさに自分が最近どっぷり美術にハマった理由が見事に集約されていました。

まずは「儀」のテーマ、儀式の果たす役割について考えます。展示室の中央に兎毫盞天目茶碗(南宋時代)、釉面の細い縦筋を兎の毛になぞらえ兎毫(とごう)と呼ばれる盞(さん、茶碗の意)、禾目(のぎめ)天目とも呼ばれます。曜変天目や油滴天目と同じ福建省建窯の作。

この兎毫盞天目がどんな位置づけで「儀」のテーマにあるのかピンとこないないものの、朱塗りの台との組み合わせで儀式を感じさせます。手前に置かれた文鎮のようなモノは光を反射させるためかな。

重要文化財埴製枕(はにせいまくら、古墳時代、4世紀)、は埴輪と同じ方法で作られた棺に置かれた枕。山の辺の道の中山大塚古墳北側に位置する燈籠山古墳から出土らしい。学芸員さんによるギャラリートークが始まっていて、埴製枕の周囲に人だかり。この前の美人学芸員さんじゃなくて男性学芸員さんだったので、自分は他の展示品を鑑賞。

「古墳時代における永眠の秘訣」のパネルは、橿考研ではたぶん真似のできないノリ。さらに「眠りについてみよう」というパネル、埴製枕の頭の位置に自分の顔を合わせて写真を撮ろうというものですが、さすがに写真を撮っている人は誰もいませんでした。

梨子地水草蒔絵大盥/湯桶(なしじみずくさまきえおおだらい/ゆとうおけ)江戸時代、19世紀)は湯桶に湯や水を入れ、大盥に受けて顔や手を洗うための手水道具、葵紋が描かれており徳川将軍家から他家へ嫁いだ姫君の嫁入り道具です。

老松尉姥鶴亀蒔絵三組盃/真塗花月台(おいまつじょうとうばつるかめまきえみつぐみさかずき/しんぬりかげつだい、柴田是真、明治15年)は婚礼の三々九度の盃と花月台のセット。柴田是真は幕末から明治時代にかけて活躍した蒔絵師・絵師、江戸一番の印籠蒔絵師として名を馳せ、維新後も帝室技芸員となり、ウィーン万国博覧会などで作品を発表し、海外のコレクターを魅了したアーティスト。

小盃は亀、中盃は鶴、大盃は相生の松に翁と嫗で婚礼の定番謡曲「高砂や〜」、花月台の天面は朝日、側面に富士と田子の浦。

ふたつ目のテーマは「渡」、日本が見出した様々な「異国の美」です。

「足利将軍の唐物コレクションを見てみよう」のパネルでは「唐物」について詳しく解説。本来中国(唐土)からもたらされたものが唐物ですが、広義には朝鮮半島や東南アジアを含め、江戸時代には長崎貿易で輸入された舶来品全般を指すようになったらしい。

パネルでは「君台観左右帳記」について触れられています。室町将軍家の相阿弥ら同朋衆(いわば室町将軍家の学芸員)による美術工芸品に関する秘伝書、概要を押さえておいて損はなさそうです。

半年ぶりの曜変天目、半年前は「誂」のテーマで収納箱も同時の展示だったのが、今回は「渡」のテーマとして単独の展示。同じiPhoneで撮っているのに、前回と較べて赤みがでているような気がします。先週のモネの睡蓮同様に微妙な自分の立ち位置やLEDの僅かな光の差が影響しているかも知れません。

ガラスケースに反射した曜変天目と一緒に。真横から見ると口縁が波打ってます。

曜変天目のギャラリートークを聴講、曜変天目を評価したのは日本人が最初で、中国では当初気味悪がられていたらしい。

黒屈輪唐花文香合(くろぐりからはなもんこうごう、明時代、18世紀)、屈輪(ぐり)は漆を何層にも塗り重ねて、渦巻きなどの幾何学文様を彫り表す彫漆技法。松花堂昭乗が石清水八幡宮に奉納したものらしい。パット見オレオのクッキーみたいでさして気にもとめなかったのですが、拡大してよく見ると、3Dプリンターでも真似できそうにない、緊張すら感じさせる極めて精緻な彫刻刀の線が実に美しい。

南蛮砂張平船花入は南蛮貿易で東南アジアから渡来した砂張(さはり、銅と錫の合金)製で元々はマンゴやライチを載せる食器だったと思われる釣花入。

「逸筆募集」結果発表、自分的には右から4番目、下から2番目が好きかも。宝箱のような渡来品をイメージさせます。

御所丸黒刷毛茶碗銘夕陽は日本の茶人が織部焼を参考に朝鮮半島に注文して作らせた歪んだ茶碗。分厚くて陶器に見えるものの磁器です。

青磁杉形外シノギ水指(南宋時代、13世紀)は龍泉窯で作られた粉青色の砧(きぬた)青磁、外側に浮彫された鎬(しのぎ)文で青磁釉の濃淡を表現。蓋をして水指として使われたらしい。

紅毛色絵莨葉絵火入(17〜18世紀)はオランダ東インド会社の交易船が運んできた阿蘭陀焼、上下がくびれたアルバレロ(薬壺)で文様は莨葉(たばこのは)。日本では薬壺や灰皿ではなく茶道具として珍重されたそうな。

紅毛藍画楕円形透耳付鉢(19世紀)は見込みに帆船、口縁に細密な花葉文、側面全体に透し彫り。初公開とのこと。

3つ目のテーマは「黒」、空間の広がりを感じさせる黒。黒楽茶碗銘小烏(桃山〜江戸時代)はちょっと大きめのぐい呑みくらいのサイズの湯呑型。楽家初代長次郎の義父、あるいは甥とも言われる楽宗味の作。銘は小鳥ではなく小烏(こがらす)。

重要文化財の駿牛図断簡(鎌倉時代、13世紀)、元は絵巻物だったものから切り取って掛け軸にされているらしい、

黒癋見(くろべしみ、室町〜江戸時代)は鬼などに用いられる特殊な能面、世阿弥から鬼の面の上手と評された赤鶴(しゃくつる)の作と伝わる。

菩提樹蒔絵厨子(室町時代、15から16世紀)は黒漆塗に蒔絵の厨子(仏像などを安置するための個人用の仏具)で外側は菩提樹の折枝、内側には4面それぞれに邪鬼をこらしめる四天王で開いた左が広目天、奥の左が増長天、奥の右が持国天、開いた右が多聞天です(たぶん)。

重要文化財白縁油滴天目鉢(しろぶちゆてきてんもくはち、金時代、12〜13世紀)は重要文化財としては茶碗ではなく「鉢」とされ径14.8cm高7.5cm。12.3x6.8cmの曜変天目と大差ないものの、ずいぶん大きく見え、丸みも強い。

東洋陶磁美術館の油滴のない白覆輪天目とそっくりで、同じく河北省磁州窯系の窯で焼かれたもの。河北省では北方系の金王朝の時代です。白覆輪天目と異なり白縁の内側と外側で幅が違っています。

厳密には天目茶碗ではなく、高台部分に黒い土をのせて建窯で焼かれた天目茶碗である建盞を模していることがパネルで紹介されていました。

染付銀杏形栗鉢(明時代、16〜17世紀)は景徳鎮窯の作。菊や蝶と縁には渦巻文が描かれたイチョウ型の染付、日本からの注文で焼かれ、小堀遠州を流祖とする遠州流茶席で水栗を出す時の栗鉢と見立てられていたらしい。水栗とは何か、どうやって作るか、どんな味か、詳しく紹介されている茶道の先生のウェブページを見つけました。

十六羅漢図のうち右第4尊者(明時代、14〜15世紀)は元時代の画家不気味でアクの強い作風で知られる顔輝作と伝わる羅漢図の一幅。切り株の卓にはガラスの鉢と青磁の花瓶、従者の手には彫漆の盆、背の高い木はなっている実から椰子ではなく棕櫚。

暗い展示室から一転明るいガラスの部屋から庭に立つ高野山光臺院から移設された多宝塔。ひととおり鑑賞して12時を回ったところです。

学芸員さんが案内していた2時からの落語会が気になり、ロビーのお茶屋さんを手伝っていたはっぴの男性からデジタルチケットを購入。落語会のあと再入場したくなるはずなので、係の女性に尋ねると再入場のためのフィルムでラップされた紙切れをくれました。藤田美術館の前を通り過ぎるダックツアーの水陸両用バスです。

美術館寄席

ボリュームばかりでイマイチなランチを済ませても落語会までまだ1時間ほどあるので、雨の藤田庭園を散策、桜が満開。

自分の折りたたみ傘が白縁油滴天目みたいと気づきました。去年の5月25日に八木西口のスーパーマツゲンで買った傘です。

藤田庭園を抜けて大川の桜も満開、対岸は造幣局で、屋台が並んでいるものの人影はまばら。雨のせいかと思いきや通り抜けは4月9日からです。雨に濡れたソメイヨシノ。

ひょうたん池のソメイヨシノとアオサギ。今日もカワセミは不在もヌートリア登場。

藤田庭園に戻り雨粒をのせたハナモモ。

開演15分ほど前に藤田美術館に戻って来ました。落語会場の国宝曜変天目茶碗を語る座談会があったロビー端の座敷はほぼ満席。座敷の周囲に椅子も並べられていたものの、そこまで年寄りではないのでガマン。美術館寄席「大阪はなしぐれ~春~」2026、七代目月亭文都さんの独演会です。

以前は繁昌亭や動楽亭、さらには地域寄席にもしょっちゅう足を運んでいたのですが、かなり久しぶりの寄席、上方落語のタグを開くと10年以上ぶりのようです。MCで登場はさっきまで白縁雨滴天目の解説をしてくれていた男性学芸員さん。今日のお題は美術館の「渡」のテーマに沿って関門海峡の渡し船の様子を描く「小倉船」、ギヤマン(ガラス)のビンに入って壇ノ浦の海底で落とした財布を探すというファンタジー落語。息継ぎはどうするんや、酸素ボンベ背負ってるのかとか、あまり深く考えないで聴くべきお噺です。

締めは、鏑木清方が専門といいる学芸員のお嬢さんも高座に上がって、時うどんのうどんの食べ方ワークショップ、満員の客席の全員がボールペンや指をお箸にうどんをすすっていました。

寄席がお開きになって、久々の畳に1時間でツリカケの足をヨッコイショと上げて、縁台に出るとみんなの靴がきれいにこちら向きに並べられていてビックリ、藤田美術館の細やかな心遣いが嬉しい。高座から下りてきた学芸員のお嬢さんと目があって、がんばりはったねとお声がけ。フィルムでラップされた紙切れを返却して再入場。再入場時に撮った写真は上掲にまとめています。

ずぶ濡れの花見

雨はさっきよりずっと強くなっていて、せっかく満開の桜も、散策している人は僅か。それでも大川を行く船ではビニ傘差してお花見。続いてやってきた船は団体さんでかなり盛り上がってました。

雨が強くなってアオサギも退散したひょうたん池。

さすがに誰もいないかと思いきやドーム型テントを張って閉じこもっている人がいるにはいました。

桜之宮公園の南端です。もう靴の中までびしゃびしゃ。どしゃぶりの中、寝屋川鉄橋を駆け上ってくる京阪特急。

天満橋駅へ行くまでもなく、京阪東口のバス停の時刻表をチェックすると次の62系統住吉車庫行まで1分でラッキー。天満橋駅がOMMビルの位置にあった頃の名残りのバス停です。

大粒の雨粒がのってまさに白縁油滴天目ならぬ「白縁雨滴天目傘」、この一枚を撮るために肩までずぶ濡れ。