光琳乾山銹絵皿
一昨日行きそびれたお城のロウバイへ。そのあと藤田美術館を訪ねます。
藤田美術館
大阪城から新鴫野橋、片町橋を渡って10分ほど、10月以来3ヶ月ぶりの藤田美術館です。3つのテーマで展示され毎月ひとつずつ新しいテーマに展示替えされるので、10月の展示からは全て替わっています。後ろにクレーンや掘削機が立ち並んでいるのは結婚式場だった太閤園跡で藤田観光から創価学会に土地が売却され「関西池田記念大講堂」を建設中も、昨年11月に掘削機が倒れ、付近を走っていたバイクの男性が負傷、藤田美術館の屋根が破損したらしい。
最初のテーマは「数」、「数が集まって意味があるもの」と理解できそうです。
一枚ずつトリミングして並べてみました。クリックすると一枚ずつ拡大できます。順に、布袋、大黒、竹賛四字、竹寂明書入、菊、芦鶴、竹雀、眞向福祿壽、柳、梅。元は20枚あったのが10枚のみ残されているらしい(参考)。
自分のお気に入りはやはり芦鶴、タンチョウぽいです。江戸時代までタンチョウは蝦夷地に限らず広域に飛来し江戸でも見られたらしい。光琳は宝永元年から宝永6年頃まで江戸に滞在しています。
Geminiに芦鶴の皿の賛を翻刻してもらうと、仰顧未爲霄漢擧 一声清唳 辞驚人。意味は、空を仰ぎ見ても、意味は、この鶴はまだ大空(霄漢)高くへと飛び立ってはいない。しかし、ひとたび澄んだ声で鳴けば、その清らかな響きは人々を驚かせることを厭わない(それほど素晴らしいものだ)。北宋の詩人・范仲淹の漢詩を元にしたものとのこと。
この10枚を含む20枚シリーズとは別らしきが光琳乾山合作の銹絵角皿があり、東博に銹絵観鷗図角皿(重要文化財、カモメを描いた角皿で1枚だけのもので現在東博で展示中)、京博に銹絵寒山拾得図(重要文化財、2枚セット)、その他にも少なからず存在し、正方形の他に長方形や六角形もあると分かりました。
重要文化財阿字義(平安時代、12世紀)、密教の根本を示す「阿」字の意義と阿字観の実践について詞書と絵画であらわした絵巻。詞書は漢字ひらがな交じりで、漢字にはカタカナでルビが振られているのが目を引きます。
カタカナの方が古く成立は9世紀前、ひらがなは9世紀後半。いずれも特定の発明者はおらず、カタカナは平安時代初期の僧侶たちが経典の読解のために漢字の一部を抽出して簡略化したもので漢字のフリガナがカタカナなのは自然。一方ひらがなは漢字草書のくずし書きとして自然発生的に広まり、紀貫之、紫式部、清少納言らが完成、洗練させた文字。それからわずか2百年ほどでこの阿字義のように普及していることは日本人として誇らしく感じます。
描かれているのは特定の人物ではなく、平安時代の貴族男性と尼僧。いずれもシースルーの装束をまとい、胸をはだけ、光を放射している梵字の「阿」が描かれた月輪(がちりん)を抱えています。平安時代のイラスト付き密教トリセツだそうです。