GWの香櫨園浜

男里川河口でコアジサシに会えたものの物足りず、香櫨園浜で会えるかもと思い出し、久しぶりに阪神電車。

尼崎から山陽5000系で西宮、普通に乗り換え香櫨園到着。

駅前に寿司屋を見つけ、入ってみました。うどんとうなきゅう(選択可)がセットのすし定食、会計の際、まちごてない?と確認したくらいのコスパ。Google Mapにアップされた写真をチェックすると10年前と同じ値段でビックリ。

駅の北側に回って鯉のぼりをチェック。風がなくてぶら下がっているだけ。

南側に戻り左岸を河口へ、水辺を歩きます。小さな魚は画像検索ではアユの稚魚らしい。9年前の夙川でアユとわかりやすい写真を撮ってます。

河口が見えてきました。この先、水辺の道が途切れるので、ホッチキス状のはしごを上らねばなりません。

さっきの鯉のぼりファミリーと違って、風にながされ、面白そうにおよいではいるものの、ロープに絡まった1旒が残念。

コアジサシはどこへ

待望のコアジサシかと思いきやガングロのユリカモメ。夙川と甲山。

上空にいるのもユリカモメ。男里川河口と違って正面に埋立地が覆いかぶさり圧迫感がある河口です。

右岸河口先端のユリカモメたち。大阪城公園のユリカモメはとっくに北へ旅立っており、このユリカモメたちは南からやってきてこれからシベリアやカムチャッカへ向う途中と思われます。

左岸河口先端です。ここでコアジサシの飛び込み漁を見たかったのですが、気配も無し。7年前にはコアジサシの男の子が女の子に魚をプレゼントする場面も見られました。香櫨園浜鳥だよりを拝見しても、「コアジサシの姿なく」が目立ちます。

大阪湾最大のコアジサシ営巣地だった夢洲の砂礫地が万博やIRの造成で殆ど消滅してしまったことが大きな原因と考えられます。堺の共生の森に営巣地が移ったのかと思いきや、共生の森は緑地化が進み砂礫地を好むコアジサシには適さず、大阪湾フェニックスセンター新島(夢洲沖の新しいゴミ処分場)がメインになっているらしい。立入禁止の新島ですが、南港から門司港行の名門大洋フェリーのデッキから観察できるようです。しかしながら新島にはかつての夢洲のように安心して営巣できる十分な広さの砂礫地や採餌のための内水面もありません。大阪湾フェニックスセンター新島の他、夢洲1区の内水面(万博西ゲートの南側にあった池)付近への移動も図られているものの、あまり上手くは行っていないようです。

男里川河口沖でダイビング漁は見ることができたものの、河口の砂礫地には下りてこなかったコアジサシたちの営巣地についてもGeminiに尋ねてみると、関空島の砂礫地の可能性が最も高いようです。バードストライク対策が行われていて、鷹匠による威嚇やビーグル犬による巡回、鳥が嫌がる音を出すバードソニック装置などで徹底した追い払い作戦が行われているものの、天敵が少なく見晴らしのきく関空はコアジサシたちにとって魅力的で第2ターミナル周辺の未利用地などで営巣が続けられているらしい。

コアジサシは採餌のために数10キロも飛翔するので、上述の大阪湾フェニックスセンター新島の可能性もあり、岸和田沖の阪南2区埋立地では繁殖が確認されており、大阪湾の外に出た紀の川河口は伝統的な繁殖地とのこと。

香櫨園浜東端の御前浜橋にライフジャケットの子どもたちをのせた船がくぐっていきます。子どもの日のイベントのようです。御前浜橋は可動橋ですが、定期的には土日祝の午前10時にしか開かないらしい。

橋の向こうにはサップのファミリー。赤い大きな橋は西宮大橋。

水上スキーですが船ではなく上空に張られたケーブルに設置された機械で引っ張られてます。その向こうには水上スキーのジャンプ台。

海には見えない御前浜橋からの香櫨園浜の眺め。水煙を上げてやってきた船に引っ張られてきた水上スキーヤーさんの空中回転はお見事でした。ちなみに香櫨園浜の別名が御前浜、夙川に左岸が香櫨園浜で右岸が御前浜、の両説があるようです。

白鹿

御前浜橋から埋立地側に渡り、西宮大橋から戻って来れそうだったのですが、かなり南の方まで遠回りするしかなさそうとわかったので引き返し、15分ほど歩くと白鹿記念酒造博物館。記念館と酒造館に分かれていて、共通券の65歳以上は400円、記念館は撮影NG、酒造館は撮影OKです。

記念館では「さくらがり」という展示会を開催中、第1展示室は三熊派の作品群。江戸時代中期から60年ほど活躍した桜だけを描くという厳しい流儀を持つ流派、三熊派 ―桜画に捧げた生涯―に詳しく紹介されています。多くは景色としての桜ではなく桜そのものを描いたもの、いろんな品種も描き分けられているものの、やはり、枝ぶりまで一本一本の個性を楽しめる梅の方が好き、というのが率直な自分の感想。

東洋陶磁美術館の18世紀の古伊万里に似た、古伊万里錦手桜花御殿文鉢というちょっと歪んだ円形の江戸時代中期有田焼も飾られていました。第2展示室は吉野の桜を中心に、嵐山や清水寺、江戸は上野や飛鳥山など、全国の桜の名所を描いた作品群。秋でも桜を描いていたらしい。数がまとまる美しさでは桜の勝ちですね。

道路を渡って酒蔵館。相当深くから水を汲み上げると分かる井戸、宮水と呼ばれる酒造りに適したミネラルが豊富で鉄分が少ない六甲からの伏流水を組み上げる井戸で、水自体が他地域へ輸出されていたらしい。

米を蒸すための釜場の遺構が残されています。

酒造りに適した酵母を培養する酒母づくりのジオラマ、酒母を土台に蒸米・麹・水を加え醪(もろみ)が作られます。樽の中に入って自分が酵母になった雰囲気が体験できます。

醪から酒を絞る絞り場、夏から冬まで酒を貯蔵しておく大桶と出荷用の樽。

桶づくり樽づくりの様子。中に入って記念写真が撮れるようになってます。北斎の富嶽三十六景「尾州不二見原」のようなポーズで撮れそうです。

明治25年築の旧酒蔵館は阪神淡路大震災で全壊、そこで展示されていた桶などの壊れた道具類がそのまま展示されています。

一番気に入った展示が滋賀県の歯科医・佐藤健司酒器コレクション。どれがいいかとじっくり眺め、二枚目の上から5段目、左から2番目から4番目の、松竹梅の有田焼。萩焼、備前焼、高取焼、樂焼、常滑焼、益子焼、九谷焼、清水焼、万古焼…、いつまでも見ていることができます。この大きさなら自分もコレクションしてみたいかも。

攝津國武庫郡西宮町、辰馬本家吟醸の木製看板。初代辰馬吉左衛門が寛文二年(1662年)創業。

向かいに直売店の白鹿クラシックス、その場で試飲セットを飲めるようですが、立ち飲みテーブルが埋まっていたので諦めました。

阪神西宮駅へ戻る途中、43号線との交差点角に「宮水」の説明板。近くに埋められた井戸らしきがあったものの、確認できず。

いつもの近所の店で愛飲している白鹿本醸造生貯蔵酒です。