京の孤高の天才
大阪民芸館、楽美術館に続いて、ぜひオススメとChatGPTに教えてもらった美術館は次の楽しみにとっておき、陶芸じゃなく絵画を見たくなって嵐山の美術館へ。
まずは福田美術館で「若冲にトリハダ!野菜もウリ!」、嵯峨嵐山文華館とのセット券を買って入館。
去年、中之島美術館の日本美術の鉱脈展・未来の国宝を探せ!では、撮影NGの伊藤若冲と円山応挙の合作屏風と、撮影OKの伊藤若冲「釈迦十六羅漢図屏風」デジタル推定復元を見たまで、いささかガッカリだったのですが、福田美術館でかなりまとまった数の若冲作品が撮影OKと分かりやってきた次第。
10年ほど前の空前の若冲ブームは落ち着き、ゆっくりじっくり鑑賞できました。以下撮影した掛け軸の画像をトリミングしており空間や賛、表装を残せていないのですがご容赦を。以下、特記した蛇図と菜蟲譜を除き福田美術館蔵。
若冲にトリハダ!
蕪に双鶏図⑦は30代前半の制作で現在発見されている若冲作品で最初期の作品。
花卉雄鶏図⑧のニワトリはまるで石上神宮の東天紅鶏、後ろの花は二色咲きのサザンカ、拡大してみると花の蕊や葉の変色まで超細密。
鶏図押絵貼屏風㉛、雄鶏だけじゃなくそれぞれの扇(面)に雌鶏や雛も。若冲80歳頃の作品らしい。なんともパワフルな若冲ジイサン、84歳まで長命。
野菜や鶏から架空の動物まで実に多様な題材が、超細密に描き込まれた色絵から一気に仕上げられた墨絵まで実に多様な技法で描かれた伊藤若冲を堪能。その感動を伝えるべくブログタイトルとして「京のダ・ヴィンチ」を思いつき、ChatGPTに相談してみたところ、ちょっと違うようです。異常なまでの観察力や正確な描写力は共通しているものの、科学の延長線上で描いたダ・ヴィンチに対し、若冲は見たものをパターン化し構成し直しており、ダ・ヴィンチよりもピカソに近いと教えてくれました。なるほど、です。
トリハダ若冲もオシャレですが、鶏や雁、鶴だけじゃなくて、野菜も坊さんも蛇も捨てきれません。ベタですが、ブログタイトルは「京の孤高の天才」としておきます。
嵯峨嵐山文華館2階の気持ちいい広大な座敷の展示室、長沢芦雪、岸駒、矢野夜潮ら円山応挙の弟子たちの作品がずらりと展示されているのに、部屋の隅の椅子に座ってボーっと眺めるのがせいぜいになってしまいました。
今日鑑賞の絵画は全て版画ではなく肉筆画、同時期の江戸で鈴木春信が多色刷木版画を始め、江戸では絵画が庶民の間近になる一方、京では家元制や格式が重要視され、版画という複製はなかかな受け入れられなかったようです。極めつけに保守的な京で、題材や技法にこだわらず多彩な作品を残した若冲の異彩ぶりが際立ちます。そんな若冲との合作を残した応挙もただただ伝統を守るだけではなかっはず、「それいけ応挙塾!」は前期中期後期と分けて9月まで開催予定、改めて出直してじっくり確認してみたいと思います。
今日もリカちゃん屋形船が運行中、お客さんはリカちゃんトリオのいづみちゃんとわたるくんかな。
この付近に生息している魚類の看板、実に細密でかつ美しい。「(作)古田隼弥(京都市立佐賀中学校)」とあり調べてみると詳しい情報が見つかり、京都のさかなクンと呼んで差し支えなさそうな高校生と分かりました。俵屋宗達、伊藤若冲、そして古田隼弥クン、本庶佑先生ら京大出身のノーベル賞受賞者もたくさん、京都には天才を生み出す土壌があるようです。
四条大宮から20分ほど歩いて、今日は休店日のはずの角打ちのマスターとばったり出会い、伊藤若冲生家跡にたどり着きました。錦市場アーケードの西端、石の石碑を期待していたのですが、アーケードの支柱を囲む案内板です。若冲は錦小路の青物問屋「枡屋」の嫡男も、商売には熱心でなく、芸事もせず、酒も嗜まず、生涯、妻を娶らず、40歳にして家督を弟に譲り隠居も、作画三昧ではなく、枡屋があった中魚町の隣にある帯屋町の町年寄を勤め、存続の危機にあった錦市場のために奔走し守ったことが史料に残されています。果蔬図巻や菜蟲譜に描かれた野菜や果物を見ても、商売熱心でなかったとしても、若冲の原点が青物問屋にあったことが伝わってきます。インバウンドさんに席巻され、ボッタクリで知られるようになってしまった今の錦市場を若冲はどう思っているのでしょう。
閉店直前だった綾小路御幸町の喫茶ロココで無理言っていっぷくさせてもらい、嵐山でいっぱい若冲を堪能してきました、と報告するとJR京都伊勢丹で開催中のネコづくし展のチケットをいただいてしまいました。ところがマスターが話してくれたのは自分はネコよりいかにイヌ派かという物語でした。