乗って残そう名松線

ダルマ初日の出の浜辺を後に白塚駅へ戻ります。

浜から直角にまーっすぐ道路が伸びていて、北海道のような景色です。真正面の鋭鋒は錫杖ヶ岳676mと教えてもらいました。

津市縦断

津新町行普通は大きな前パンタがかっこいい2800系、奈良線や大阪線では見かけない車両が多いのも名古屋線の楽しみです。

白塚車庫には復刻色あおぞらII。4番線に入線してきたのは1010系1111。

津新町で伊勢中川行急行に乗り換え、名古屋線急行の伊勢中川寄り4両は殆どが5200系、他に改造LCカーもありクロスシート率9割くらいです。

雲出川橋梁を渡ります。2つ目の目的地はこの川上。

東青山行普通2連は貸切状態。

伊勢中川の隣、川合高岡駅で下車、JR東海一志駅まで150mほどしかないのですが、ちょっと遠回りして元旦から営業しているセブンイレブンで幕の内弁当をゲット。

2つ目の目的は名松線のキハ11乗り鉄です。

ボックスシートの車内に10人ほどの乗客、大半は鉄ちゃんのようです。窓が汚れているのがちょっと残念ですが、ディーゼルエンジン音と短い定尺レールのジョイント音を聞きながら至福のひととき。

家城駅で列車交換。タブレット交換ですが、駅員さんが受け渡しするシステム。

停車時間が長いので外に出てみます。木造駅舎のままの家城駅、はるか昔、中学生だったかと思うのですが、教会の日曜学校のキャンプで来たことがあります。トラクト配布の後、川遊びで溺れかけたことが生々しく思い出されます。この旅に出る下調べをしていて溺れかけた川が雲出川だったと分かった次第。

キビキビした所作の駅員さん、さすがJR東海、新幹線も名松線も変わりません。上り列車が漸く出発してさらに暫く待ってこちらも出発。

右下に大きな岩が見えますが、溺れたのはこんな場所でした。岩の付近は急に流れが速くなっていて、川底に引き込まれました。友人が助けてくれたはず、なので今これを書いてます。

雲出川の川幅はここまで上流に来てもまだまだ広いです。干潟の広がる河口沈下橋のある中流、上流も見てみたいということが名松線乗り鉄に着た理由です。

伊勢八知-比津間で窓枠にiPhoneを置いて撮ってます。画面より音がメインです。グォーンという低い音は米国カミンズ社のC-DMF14HZB、350馬力でかつてのキハ58の倍以上。

漸く川幅が狭くなってきて終点伊勢奥津に到着。おくつ、じゃなくて、おきつです。白塚から奥津まで約2時間かけて津市を縦断してきたことになります。

伊勢奥津駅ではリアカーを引いた賑やかな一行が、おめでとうございます、と出迎えてくれました。

美杉町奥津

駅に隣接して観光案内所があるのですが、もちろん今日はお休み。坂を上がった先の広場でイベントをやっているそうです。

行き止まりの線路の先に給水塔が残されていました。松阪から名張を結ぶ目的で建設された名松線は1935年に伊勢奥津まで開通、1982年の台風で全線不通に、国鉄は廃線の方針も熱心な反対運動で1983年には全線復旧。2009年の台風で家城-伊勢奥津間がまたもや不通に、2016年に8年の歳月を経て全線復旧、第三セクター化もされず、超合理主義のJR東海がよくぞ運行再開してくれたものだと思います。

同じ列車でやってきた鉄ちゃんたちは皆、折返し列車で戻ってしまうようですが、せっかくなので、駅周辺を歩いて1時間半後の次の列車にします。

伊勢奥津駅を裏側へ。駅を見守るような位置にある八幡神社へ初詣の家族連れ、石段がキツそうです。

11:30発松阪行が発車、ススキに囲まれたカーブから撮り鉄。

旧美杉村、現津市美杉町、その名の通り手入れの行き届いた杉の美林に囲まれています。かなり丁寧に枝打ちされているのが分かります。一本一本、樵さんたちがかなりの高さまで登って枝打ちした様子が見て取れます。

美杉村は三浦しをんの神去なあなあ日常の舞台、Wood Jobとして映画化されています。その舞台を見たかったのもここを訪ねた理由です。

1時間半あるので村を廻ってみます。雲出川はだいぶ川幅が狭くなってました。状態の良いホーロー看板。

タイル壁のお店と、使われなくなって久しい井戸のポンプ。

古い街道の趣きがある通りですが、人っ子一人おらず、今日の元旦に限らず、一年中こんな感じではないかと思われます。

雲出川を渡る宮城橋、伊勢本街道の宿場町だった奥津です。大阪玉造から暗峠、奈良、桜井、榛原、御杖村を経て、奥津へと続いた伊勢本街道は、雲出川沿いではなく、真東の山を抜け紀勢線の多気へと向います。雲出川の水はとてもきれい。

誰もいない静謐な空気に大音量でカラオケがこだましてきます。広場のイベント会場でカラオケ大会が始まったようです。

宿場町の風情は残るものの、人影は見えません。

駅前のバス停、名張までのバスが1日1本早朝だけ。旅行者には使えない時間帯、おそらく通学用ですが、名松線建設の目的である名張への公共交通機関が残されていることは喜ばしい。

伊勢奥津駅に戻ってきました。次の列車までまだ1時間近くあります。電線でカワラヒワがいい声で鳴いてました。

カラオケは止まず、山に囲まれた村中にこだましています。せっかっく静かな山里に来たのに勘弁ではなく、お正月に里帰りしてきた人たちの楽しみの場にやってきた方に問題があると自分をナットクさせます。

カラオケの音が少しでも軽減されそうな駅舎の中で次の列車を待つことにしました。駅舎はきれいに整備されているものの無人駅で、きっぷも売っていません。C11が牽く混合列車やかつての名松線の写真、周辺の観光地が紹介されているのを眺めていると、どこから来られたのですか、と声をかけられました。

付近のおすすめ観光スポットや、季節はやはり桜の頃がいいと教えてくれた女性、駅前でうどん屋さんを日曜と水曜だけ営業(だったかと)していて、本業は津市役所近くの串揚げ屋さんだそうです。自分は大阪から白塚海岸へ初日の出を見に来て、神去なあなあ日常の舞台を見たくてやってきたと答えます。

駅前に近々宿泊施設もオープンする由、名松線復旧が町おこしの起点になっていることは間違いなさそうです。

ほどなくリアカーの一行も駅に戻ってきました。次の列車を出迎えるようです。再びどこから来たのか、から話が盛り上がります。もうひとりの女性はあられ屋さんの社長さんと紹介され、こうなるとリアカーのあられを買わない訳には行かず、ごぼうあられを購入させていただきました。

すると、これをどうぞ、と伊勢本街道絵巻の写真集、さらに名松線写真集までいただいてしまいました。いずれも見事な写真集で、ごぼうあられ1袋では申し訳ないばかり。

あられ屋の社長さんが広場から聞こえてくるカラオケに合わせてかっこいいステップで踊りだしました。自分も村の人たちに受け入れられたような気がして、カラオケの音が騒音じゃなくて村を元気にする音に聞こえてきたから不思議です。

写真を撮りましょうと誘われ、自分のiPhoneも渡して撮っていただきました。アップしてもいいですか、とお断りしてOKいただいたので、自分もさらします。

また来ます

待ち遠しかったキハがやってきたのですが、逆にちょっと去りがたい思いがします。

蛇行する雲出川を何度か渡り家城で再び列車交換、往路で乗車したキハ11-302です。

一志駅に到着、松阪まで乗り残し区間ができてしまいますが、またの機会とします。川合高岡駅から東青山行普通はさっき乗ったのと同じ1024系ク1524です。

雲出川沈下橋、この辺りの川幅は200mくらいあります。2両編成の前の車両には自分ひとり、後ろの車両にはおばあさんがひとりだけ。

榊原温泉口で特急に乗り換え、どこで特急券を買うのか訊いたら改札の外で買ってくださいとのこと、ほぼ売り切れ状態の列車でたぶん最後の1枚をゲット。車内には立ち席の人たちも、さすが元旦です。上本町駅9番線到着。

帰ってから調べてみると、津市役所近くの串揚げ屋さんはホームページを見ただけで行ってみたくなるお店、あられ屋さんは大きな工場を持つ老舗米菓メーカーさんでビックリ。いずれも女将さん、社長さんとしてお会いしたばかりの女性が紹介されていました。

神去なあなあ日常

改めてWood Job - 神去なあなあ日常を見てみました。登場するのはキハ11じゃなくて、明知鉄道のアケチ6形、それもそのはず、映画が撮影された頃、名松線はまだ復旧していませんでした。

都会からやってきたちゃらんぽらんが山の厳しさ、山の美しさを知り、村の人達に受け入れられていく物語。カラオケの騒音が元気の素に変わった伊勢奥津駅前での自分のさっきの体験とちょっとオーバーラップします。

杉の高木に登り、枝打ちする様子もよく分かります。ラストシーンの意外で大迫力の展開は圧巻。木材の竸りのシーンは、伊勢八津駅近くにある美杉材木市場でのロケじゃないかと調べてみたら、神去村がヤバいというサイトを見つけました。ロケ地に材木市場は含まれていないものの、行ってみたい場所がいっぱい紹介されています。映画ロードショー時の2014年のサイトで、Google Map APIが更新されていないのが残念ですが、既にレスポンスデザインで見やすくよくできたサイトです。

ロケ地巡りしながら里山歩きすれば、いろんな小さな仲間たちにもあえるはず、白塚海岸も美杉町もちょくちょく訪ねることになりそうです。次回は桜の頃に、とさらにググっていたら、美杉中学校がフジバカマを栽培してアサギマダラで町おこしに挑戦しているとのブログ。10月まで待てないか。