造り物と五井金水

久しぶりにちょこっと天六へ。扇町で下りて商店街を歩くと、以前と較べて格段に人通りが多い。天五の商店街をちょっと横道に入ったたこ焼き寛子は大行列でびっくり。どうやら店内で食べることはできなくなっていてテイクアウト専門になったようです。人垣越しに寛子お母さんが忙しげに溌剌とたこ焼きを焼いているのが見えました。15年前の250円がまだ300円は立派。

大坂町三丁目

10階へ上がり、9階の天保年間の大坂の町家を再現した仮想空間「大坂町三丁目」、語りは今も桂米朝師匠。

「大坂町三丁目」に下りると、それぞれ商家の店頭にいろんな飾り物、何度も着たことがあるのに初めてです。「造り物」と呼ばれる、江戸時代の大坂で商家の店頭に飾られた趣向を凝らしたデコレーション。実物は殆どのこっておらず、造り物を描いた四季造物趣向種などの版本や錦絵を元に、去年の万博に合わせて復元されたものだそうです。

唐物屋「疋田屋蝙蝠堂」の店頭には嫁入り道具一式でできた造り物の獅子、箪笥の引き出しの獅子頭に手鏡の目。小間物屋「丸屋」店頭の櫛や化粧道具でできた造り物のはまるで立体伊藤若冲。

建具屋「畑屋」には木魚でできた造り物の布袋。本屋「文海堂」はお椀などの塗物でできた造り物の僧正坊

呉服「布屋」には呉服でできた豪華な造り物の宝船。いずれの造り物もデザインだけでなく技術的にも完成度が高い復元、京都へ持っていっても恥ずかしくないレベルのものばかり。京や江戸にも造り物はあったものの、日用品などを見立てる造り物は大坂独自だたったようです。

会所の御迎え人形「雀踊」は復元ではなく江戸時代末期に制作された大阪府指定有形民族文化財。天神祭の船渡御で、神輿を迎えるための御迎え船の舳先に飾られていたもの。50体以上のお迎え人形が作られたうち、現在も16体が大阪天満宮に保存されているらしい。天神橋2丁目商店街の曽根崎通をはさむ両側のアーケード入口に飾られている人形はこのお迎え人形のレプリカだそうです。

裏長屋の一室、四畳半のようですが関西間(京間)のせいか広く見えます。戸別にへっついや縁側もあるものの押入れや箪笥を奥スペースがなく、収納スペースはほぼゼロ。水回りとトイレは外の共用で、風呂は銭湯。慣れれば快適に暮らせそうです。

船形山車「天神丸」も平成11年に大阪天満宮の倉庫から発見され寄託されている天神祭で曳き出される豪華な船形山車の実物。江戸時代大坂の町人文化の隆盛が肌で感じられる造り物、御迎え人形、船形山車です。

明治から昭和の8階に下りると懐かしい教室風景、自分の小学校時代のまんま。机の節穴に消しゴムのカスを貯めていた記憶があるものの、隣の席の女子が可愛かったかどうかは思い出せない。

昭和7年頃の堺筋ジオラマ、御堂筋の竣工は昭和12年なので、この当時堺筋が大阪一の目抜き通りです。走っている市電は当時の主力1001型と思われます。

天神祭船渡御のジオラマでは羽織にカンカン帽のおっちゃんたちが目立ちます。昭和57年までの三代目大阪市庁舎のステンドグラスとシャンデリア(大正10年)。

五井金水展

企画展示室は「写すからはじまる創造 ―大阪画壇・五井金水の粉本―」、当館に寄贈された四条派の絵師・五井金水の粉本約3,000点から150点を展示。

粉本とは師の絵の模写、技法を伝える手本、自然の写生、下絵で絵師の修行においては不可欠で創作の基盤となるもの。五井金水は明治から昭和初期に活躍した大阪画壇の中でも京都四条派の技法を受け継ぐ絵師。

松に鶴 円山応挙写孔雀図、「写」と記されていない作品は五井金水オリジナルと思われます。クライアントに納品するものじゃないので折り目がいっぱい。

楓に目白図 久保田桃水写松に皐月雉子図、久保田桃水は素直で嫌味のない平明な写生を基本とした四条派の絵師。

菩提樹仏法鳥之図 森一鳳写、森一鳳は江戸後期から明治初期に大坂で活躍した、円山・四条派の流れを汲む森派の絵師。ブッポウソウはブッポウソウとは鳴かず、ブッポウソウと鳴くのはコノハズク。

桜花に瑠璃鳥 松村景文写、松村景文は京都四条派の絵師で四条派の祖・松村呉春の異母弟。ソメイヨシノにオオルリは定番、オオルリにはもう5年も会ってません。

葦小雁 井上蘆仙写(明治26年)と銀杏鸚鵡図 円山応挙写(明治25年)。

秋海棠に鶉図と蓮池蛙図。

小狗図は長沢芦雪風、戯画猫と杓子図には「酔中画也」とあります。

猿図 呉春写、松村呉春は四条派の始祖。

イタチの図。しばらくイタチに会ってないなぁ、と思ってこれを書いていた矢先、かなり久しぶりに自宅近所でイタチに会いました。大阪市内で見られるイタチの殆どはシベリアイタチ(タイリクイタチ、チョウセンイタチ)で主食はネズミ、大阪城公園や東横堀川辺りまでの広いエリアを巡回しているらしい。カメラを構える前に消える動物の代表格なので、1年に1回くらい会えるものの近所で写真が撮れたことは一度もありませんが、大津の田んぼで目の合ったイタチがえらく可愛かった。

かわゆすぎると話題の餅の餅つき図

女雛図には細かい書き込みがいっぱい、工房で弟子たちに示す手本らしい。

箕面瀧図 西山芳園写、西山芳園は江戸末期大坂の絵師、実家の木綿問屋が破産し、三井へ奉公に出て、店先で絵を描いていた才能を番頭に認められ画の道に進んだらしい。

三十石舟曳舟図、明治半ばまでまだ残っていたらしい三十石舟です。

雷神太鼓釣図は落とした太鼓を鈎縄で引っ掛けて取り戻そうとしている雲の上の雷神の図。

竹林七賢図は大画面の屏風や襖絵のための下絵、かなり小さく折りたたまれ保管されていたことと分かります。

大津絵円窓納涼之美人図まで実に幅広い題材をものにしていた五井金水。

えらく精緻な月に魚舟之図玄宗皇帝楊貴妃図

四代三浦竹泉の鉢に五井金水が絵付けした椿文鉢、初代和田桐山の鉢に五井金水が絵付けした梅文鉢

五井金水の印類と画材。

干支玩具(亥・子・丑)、相当高い画力を持っていたことがわかる落ち葉図、写真より本物っぽい。

名前も初耳だった五井金水。超細密画からゆるキャラまで実に多彩で多才、そこに大阪人ならではの感性やノリが強く感じられ、令和にブレイクしそうな予感がします。