東洋陶磁美術館

大阪民芸館樂美術館北村美術館と訪ね、自分にはその3館を巡るきっかけとなった東洋陶磁美術館を見直すと見え方が違ってくるかも。ということで62系統のバスで北浜二丁目へ。

濱田庄司の陶芸

mocoちゃんに迎えられ、18世紀有田焼と油滴天目は割愛し、民藝陶芸家・濱田庄司作品の展示室

単独展示の組重は前回見た時より小さく見えました。おせちとかのお重としては小さすぎお弁当箱サイズです。お弁当に持って出かけるには重すぎるかと。

展示室中央に鎮座した赤絵角瓶、そして赤絵角鉢は濱田庄司のトレードマーク的な唐黍文。

柿釉抜絵花瓶と柿釉丸文壺、丸文も唐黍文と並ぶ濱田庄司の民藝の美を象徴する意匠。

絶妙な楕円形の鉄絵扁壺。

鉄砂紋押ピッチャーと塩釉盛絵ピッチャー、三年あまりイギリスの滞在した濱田は、ピッチャーなど西洋由来の器種を好んで手掛けています。

ザラザラとした塩釉の美しさが存分に発揮されている藍塩釉櫛目鉢。

縄紋茶盌は側面に菱形の縄目文。盌(わん)は蓋のない茶碗のことを指すものの、茶道においては、茶人のこだわりから「茶碗」よりも「茶盌」の文字が好んで用いられる傾向があるらしい。見込みの釉のたれ方も絶妙。

古染付と赤絵

古染付(明代末景徳鎮民窯産の日本向け輸出磁器)青花の葡萄文水差と騎馬人物図皿。

古染付五彩の馬図皿と天啓赤絵の花鳥文鉢。古染付も主に天啓年間(1621年〜1627年)の作ですが、同じ天啓年間の作で、染付に赤や緑などの上絵付けを施したものは天啓赤絵と呼ばれ、古染付の姉妹的な存在とされるとのこと。

ギャラリーガイドが始まるとの館内アナウンス、10分前くらいなので参加させてもらうことにします。3階への階段のあるロビーで腰を下ろし、青花虎鵲文壺に当館キャラクターのmocoちゃんとカササギが飛び移るアニメを眺めながらひと休み。アニメはYouTubeに動画公開されてました。毎度このメロディを繰り返し聞きながらボーっとするのが楽しみです。

時間になって集合場所に向うと、ガイドさん3人に対し参加者は5人ほど。3組に分かれ、自分は何とマンツーマンでガイドしていただくことに。

安宅コレクション韓国陶磁

ガイドさんと安宅コレクション韓国陶磁展示室へ。びっしりメモが書き込まれたメモ帳を手にしたボランティアガイドさんの最初の説明は、他の美術館にあって当館には無いものがあります、それは何でしょう? 答えはテグス。免震装置付きの展示台なので、テグスで固定する必要な無いとの自慢から始まりました。

高麗時代の青磁象嵌竹鶴文梅瓶、描かれた竹や鶴は象嵌によるもの。青磁象嵌辰砂彩牡丹文鶴首瓶は白黒象嵌の上に辰砂で赤く花が描かれています。

朝鮮時代15世紀の青花梅竹文壺と18世紀前半の青花窓絵草花文面取壺、同じ白磁にコバルト顔料で絵付けされた青花磁器も明らかに青味が違っています。

文禄・慶長の役や清による侵略により、コバルトの輸入ルートは途絶、著しく不足したコバルトを極限まで薄めて使用も、窓絵草花文面取壺はでは、無いなら無いなりに「秋草手」と呼ばれる、淡くくすんだ青で細く簡素な草花文が美しく描かれています。下ぶくれの八角形の形も面白い。

広州官窯の金沙里窯の作とされる「秋草手」屈指の名品・青花草花文面取瓶。ひと目見て大阪民藝館でバーナード・リーチが描いた李朝秋草文瓶図を連想しました。こちらはハ角、バーナード・リーチの絵は六角です。いずれもため息がでるほど美しい。

「満月壺(タルハンアリ)」と呼ばれる高さ45cmの朝鮮白磁大壺、文豪・志賀直哉から東大寺館長・上司海雲に贈られ、塔頭の観音院に飾られていたものが、1995年侵入した泥棒が地面に叩きつけ粉々に。その破片が当館に寄贈され高い技術で修復されたもの。

パネルに粉々になった白磁破片の写真、本当にこれを修復したのか、壺をじっくりながめても全く分からないのですが、東洋古美術品を専門とする国内最高峰の復元工房・繭山晴観堂(品川区)の繭山浩司氏、繭山悠氏親子により、超難関の接合(パズル作業)、隙間・段差の精密な充填、肉眼では見えない補色と加飾、という工程で修復されたそうです。

志賀直哉と床の間に置かれた粉々になる前の満月壺の写真、白磁大壺にひと枝のモミジ。紅葉なのか青モミジなのか、想像を膨らませてみました。

李秉昌コレクション

李秉昌コレクションの展示室へ。個人による韓国陶磁コレクションとしては、質・量ともに世界最高峰と称され、日韓の友好親善と在日韓国人の地位向上を願い、1995年に当館に寄贈されています。美にこだわった安宅コレクションに対し、李秉昌コレクションでは韓国陶磁の歴史と、名もなき職人から宮廷に至るまでの技術の変遷を体系的に残すことにフォーカスされています。

象嵌技法の頂点を示す鶴と霊芝雲文が描かれた高麗時代の青磁象嵌雲鶴文碗。そして同じく高麗時代の青磁鉄地象嵌詩銘瓶。詩文は「酒は温めれば毒が消え、茶は冷めれば香りを失う。この酒を飲まずにいられようか、佳人と才子のつかの間の逢瀬に」というのんべの詩。

高麗時代の青磁白堆鉄絵菊花文盒と青磁練上盒。盒は蓋付きの器、化粧用合子。

朝鮮時代の粉青象嵌鳳凰文扁壺には鳳凰、上から雄の鳳、下から雌の凰。粉青印花菊花文片口(朝鮮時代、15世紀)は青銅器時代の「匜(い)」を模した粉青印花菊花文片口。

かつて李氏朝鮮と学んだ王朝ですが、朝鮮と称した王朝は他にないので、今は李氏朝鮮時代と呼ばず、朝鮮時代と呼ぶのが正しいと知りました。

李秉昌博士が自身のコレクションを大阪市東洋陶磁美術館に寄贈した大きな理由が、既にここにある安宅コレクションと合体することで、韓国陶磁の研究と鑑賞において世界随一の拠点が完成する、と考えたからと言われているそうです。

粉青象嵌蓮魚文瓶(15世紀前半)には蓮の下を泳ぐ魚と垂れ下がる柳の枝。

粉青線刻魚蟹文瓶(15世紀後半)に描かれたカニに甲羅があることから「甲」の字に通じ、科挙の上位合格を願ったものらしい。

安宅コレクション中国陶磁

安宅コレクションの中国陶磁器、端正な造形は南宋官窯の青磁八角瓶、国宝飛青磁花生は元代なので、それよりずっと古い。

元代景徳鎮の青花宝相華唐草文盤は、中央に6つの宝文、その周りに宝相華唐草文、波濤文、牡丹唐草文が同心円になっています。

五彩松下高士図面盆、松の木の下の高士(高潔な文人)と童子が繰り返し描かれています。

五彩牡丹文盤は大輪の牡丹が4輪、周囲に柘榴や荔枝(ライチ)。いずれも高台裏に大明萬暦年製銘のある明代景徳鎮製。

松惠コレクション

マンツーマンの約1時間のガイドツアーが終了しガイドさんとお別れ、自分は松惠コレクションへ。中国や韓国の陶磁史(美術史)の文脈で集められた安宅・李秉昌コレクションに対し、松惠コレクションは「茶の湯の道具」という明確なテーマで構成されています。韓国・中国陶磁が、日本では「茶人が見立てた茶道具」としてどう愛されてきたか、また日本の陶磁がどのように独自の発展を遂げてきたかと見ることができます。前回のブログでは利休の美としてまとめています。

ノンコウ作、黒樂茶碗銘花筏がやはり美しい。ボランティアガイドさんが自分を探していたらしく、駆け寄ってこられました。今日の説明に一部間違いがあったのを訂正にきてくれましたのですが、せっかくの訂正内容を覚えていないのが大変申し訳ない。

柳宗悦や濱田庄司とともに民藝運動を主導した河井寛次郎作の花椀が2点。

京都東山五条に河井寛次郎記念館があると分かりました。濱田庄司の益子まで行かなくても民藝運動がどっぷり体験できそうな施設、行かねばならないところがどんどん増えてきます。

濱田庄司の赤絵茶碗がここにも。

江戸時代後期京焼の名工、永楽保全作呉州赤絵写花鳥文鉢は中国民窯の呉須赤絵を模したもの。樂焼や民藝の器と較べると異質に感じられますが、席入り→懐石→仲立ち→濃茶→薄茶と4時間もかけて行われる本格的な茶席で懐石の菓子鉢や料理を盛る大鉢として使われたようです。保全の江戸時代末期にはストイックなわびさび一辺倒ではなく、洗練された雅なお点前や、中国文人の趣味を取り入れた明るく華やかな茶風が流行しています。

明代景徳鎮窯南京赤絵の山水図火入と唐子遊図火入。内側下半分に釉薬が施されていないので食器ではなく炭や灰を入れるための火入。これも「明るく華やかな茶風」の流れのようです。

極めつけのわびさびの茶の湯の世界だった北村美術館にはさすがに永楽保全作品のコレクションは無いはずと思いきや、日の出鶴文茶碗とか永楽保全作品が所蔵されており、ストイックなわびさびの中に、永楽保全の洗練された金彩や鮮やかな呉州赤絵の写しをあえてひとつ入ることで、緊張が和らぎ一服の清涼剤となることを狙うものとして使われるらしい。利休のより完成した「わびさび」は江戸時代を通じてアップデートされ、小堀遠州は「きれいさび」を提唱、幕末にはより洗練された美が好まれるようになり、永楽保全はその最高峰とされるそうです。

主役の渋い魅力を120%引き出すためには、脇役として都会的でスマートな、洗練された美が必要ということですが、ちょっとでもやりすぎると全てが台無しになりかねず、「きれいさび」には絶妙な匙加減が求められそうです。