すみっコでとんかつ

元旦に高野山へ行った時の南海・泉北新春乗り放題きっぷがあと1日分残っていました。男里川河口が最初に思いつくもののいかんせん日中が満潮で潮位も高めと潮見がよろしくないです。マップを眺めていて見つけたのが話には聞いていた九度山駅にできたおにぎり屋さん。さらにストリートビューを見ていると九度山駅すぐ近くにいい感じの撮り鉄ポイントも見つけました。

すみっコぐらし号

10:02の橋本行急行はこの前見たすみっコぐらしラッピングの1000系、スマホで写真を撮る人が多くなかなかの人気者のようです。キャラクラーラッピングの電車とか基本的に興味ないけど、1000系のボックスシートは嬉しいです。

ボックスシートをゲットなのに、窓前面にフィルムが貼られているのはどうにもいただけません。

車内には中吊り広告がすみっコぐらしばかりになっているくらいでさほど凝ったものではないものの、まさにすみっコに座っている自分がいました。

窓のフィルムのせいで景色が楽しめないので、すみっコぐらしとは何ぞやと調べてみました。「すみっこが好き」をテーマにしたキャラクターで、キャラクタービジネス大手サンエックスのリラックマと並ぶ看板キャラクター、関連商品の年商が200億円に達するそうです。窓に並んだキャラクターは左から「とんかつ」「ねこ」「しろくま」でそれぞれ南海電鉄の制服を着たバージョンです。

「とんかつ」はとんかつのはじっこ、おにく1%、しぼう99%、あぶらっこいからのこされちゃったというキャラクターだそうですが、自分的には一番大好きな部分です。

中吊りで「とんかつ」と一緒に風呂桶を抱えているのは「えびふらいのしっぽ」、かたいから食べ残されるとんかつとは心の友だそうです。自分は残さずいただきます。

なにやら、すみっコぐらしにシンパシーを感じてきました。小和田車庫の6000系をバックに「とんかつ」たち。

橋本に到着、すみっコぐらし1000系は1両ずつ異なるパステルカラーで絵柄も違ってます。先頭車はキミドリで正面には「ぺんぎん?」のぬいぐるみ(「?」もキャラクター名の一部です)。

九度山で撮り鉄

2300系に乗り換え、カブリツキは空いているのに、ドアの後ろのクロスシートに陣取りました。窓が大きくて広い視界を独り占め、手前の補助席にはかなり混まないかぎり誰もこないはずです。

九度山駅に到着。おにぎり屋さんの店頭には人が並んでいたので、先に撮り鉄します。ドピーカンです。

九度山駅の橋本寄りにあるレンガ積みの陸橋付近から撮り鉄。保線車両が並ぶ駅側だけじゃなく山裾を行く橋本側もいい感じです。

2000系4連の極楽橋行各停です。姿のいい三角の山は大槌山標高約500m。

31000系こうや号、素敵っ!

おにぎりスタンド「くど」

九度山駅に戻りおにぎりセットをゲット。隣接するテラス席に空きがなくてどうしようかと思ったらその先にイートインスペース。このドア、7100系先頭車の貫通扉やんか!

ここから入るのではなく右側から入るようです。その右側は何と貫通幌。さらに足元には貫通路の渡り板!

貫通幌を抜けると左手に7100系の両開き扉、これを手で開けて入ると、何とイートインスペースの奥にCTC(列車集中制御装置)の制御盤!「!」が何個あっても足りません。

紀伊清水から極楽橋までの線路配置がよく分かります。あれ?上古沢が無い。

下古沢と紀伊細川の間にある黄色い四角が上古沢ですね。でも上古沢が棒線駅になったのは2018年3月31日からのはず、このCTC制御盤はいつのもの?、と調べてみると、下古沢が棒線駅なったのは2002年とWikipediaにありました。たぶんその時に上古沢は一旦棒線駅から交換駅になったものの元の棒線駅に戻ったという経緯のようです。

壁には南海沿線案内図、春木駅の海側には岸和田競輪場、山側には1974年に廃止された春木競馬場。競馬や競輪の開催日には和歌山市発着の急行も春木に臨時停車、酒臭いおっちゃんたちがどかっと乗り込んできて閉口したことを思い出します。

和紙に印刷されているのでレプリカじゃなくてホンモノのように見えるのですが保存状態が良すぎるようにも思えます。二色浜駅のところにはたまねぎが描かれているものの、水なすは見あたりません。今では包近のもも、にんじんの彩誉、泉だこなどいろんな泉州名産品があります。高度成長期の春木競馬があった頃より、現在の方が農業や漁業の環境はずっとよくなっていると気づかせてくれるマップです。

漸く渡されたブザーが鳴っておにぎりセットができあがりました。とても美味しいのですが、おにぎりを手に持つとご飯がばらけてしまいます。おそらく型に入れるだけで握っていないためかと。気に入ったのは追加でたのんだ「はたごんぼ茶」、お茶も美味しいのですが、容器が素晴らしい。フタにお茶を注いでいただきます。

南海沿線図を眺めていると、住之江競輪場とあります。1948年に開設、1964年に八百長騒動が元で廃止されたそうです。住之江競艇は住之江競輪に隣接する場所に1956年に開設されているので、このマップはそれ以前も戦後の混乱が収まった昭和20年台後半のものと推測できます。

窓の外に橋本行2000系が到着。あれ、この窓も7100系のものですね。どっぷりと昭和に浸れるおにぎりやさんです。おにぎりスタンドくどというお店で、自分が頼んだのは、釜揚げしらすの佃煮とぶどう山椒と猪しぐれ煮だったかと。メニューを見直してみると和歌山の産品にこだわっていることが分かります。センスのいいホームページをさらにチェックしてみると源じろう計画事務所という企業が運営しているようです。このお店以外にも和歌山市内を中心に個性たっぷりのとても魅力的なお店が色々運営されています。いずれも地域の再生を目指すものとひしひしと伝わってきます。中にはこの前和歌浦へ行った時、琴ノ浦へのバスに乗る前にたまたま見つけたもののの、営業時間が終わってしまっていた美味しそうなお店も含まれていました。こんど和歌浦へトビハゼたちに会いに行く時の楽しみが増えました。

板塀の向こうがイートインスペース、上屋の向こうがテラス席です。イートインスペースの建物は多分南海の資材倉庫だったのでは。2015年10月の写真がありました。あくまで推測ですが、CTC制御盤も南海沿線路線図も京都鉄博に展示されてもおかしくない、ヤフオクに出品されるようなシロモノではなくこの資材倉庫に眠っていたのではないでしょうか。

2300系がやってきました。これで紀伊細川へ向います。電車の左手が「くど」です。

さっきと同じドア前の広いクロスシートをゲット、窓框にごんぼ茶を置いて、列車交換の2000系をバックにパチリ。

後ろは天空、検査明けで出場したばかり、今日が久しぶりの運行再開初日です。

紀伊細川

九度山で列車交換したばかりなのに、下古沢でもまた列車交換で12分も停車。ここから紀伊細川までのキーキー動画です。青空の下、元古沢小学校や笠木集落もきれいに映ってます。それにトンネルの中でも映り込みはうまい具合に人のいない車内と自分のiPhone12だけ、10分間の乗り鉄をお楽しみください。

これだけキーキーいわせるとレールもさぞかし磨り減るはず、高野下や九度山に保線車両が常駐している理由が分かったうような気がします。この山の中で保線作業はきついでしょうね。

紀伊細川駅にニャンコたちは見当たらなかったものの、トイレの前にニャンコのトレイが置かれていました。この急な石段を下ります。途中でクロネコを見かけたものの足元が怖くて撮れず。

石段の先の崖っぷちの狭い道を10cmくらいの歩幅でおそるおそる下りきると不動川。極楽橋駅前と違って流れは緩やか、でも鳥もネコもいません。

日陰には雪が残っています。崖にへばりついた紀伊細川駅に2000系が停車中。

3枚輪生の紅葉と赤い実、葉っぱと実は別の木のようです。

もう1枚の赤い実の木はナナカマドで間違いないかと。

ふたつの谷に分かれ東へ向きを変える不動谷川から南へ小さな流れが分岐する地点に「不動谷川終点」とあります。不動谷川は丹生川橋梁のところで丹生川から分岐しているので終点のはずがなく、何を意味するものか不明です。

岩から湧水が湧き出しています。極楽橋駅と違って人家が点在していて、「初詣」と赤い幟が掲げられた神社もあるものの、神社に人影は見えません。南の谷を3.5kmほど遡ったところに高野町立花坂小学校があります。2016年時点で全校生徒数7名職員数6名になってました。その途中、ずっと駅に近い位置に西細川小学校があったものの2005年に廃校になっているので、紀伊細川駅周辺の家庭に小学生がいたら花坂小学校まで通うようです。難波から2時間かからないのになぜこんなに過疎化してしまったのか考え込んでしまいます。高野山上に高野山小学校があってこっちは100名ほどの生徒数があるようですが、高野町に小学校はこの2校だけ。

1月11日追記:

高野町に小学校は高野山小学校と花坂小学校の2校だけじゃなくて、高野山小学校富貴分校が開校されていることを確認できました。3年前の朝日新聞の記事では、この年の3月に中学生が卒業し同時に富貴中学校の休校式が行われ、富貴小学校は既にその3年前に休校とあるのですが、その後新入生の小学生が入学、富貴小学校は高野山小学校富貴分校として再開されたようです。

富貴ってどこ? と調べてみると五条から国道168号とは別ルートの坂本五条線という県道を15kmほど入った辺りです。かつて富貴村と独立していたのが1958年に高野町に合併しています。五条からコミュニティバス(乗り合いタクシー)が運行されていて、コミュニティバスは富貴から山襞を回り込んで8kmほど先、高野山奥の院まであと15kmくらいの筒香という集落まで運行されているようです。

石垣の上のお宅の柿の木にメジロ、遠いです。天空が崖っぷちを上って行きます。

下りてきた石段を上るのは今の自分にはまず無理なので遠回りして坂道を上ります。道端に野生のマンリョウ。

崖上に立つ紀伊細川駅です。2020年の平均乗降客数20人(1980年時点では203人)の駅ですが、今も駅員さんが常駐し、かつ毎時1本以上が運行されています。

31000系こうや号が運転停車、交換の2300系で山を下ります。ホームに出てきた駅員さんにネコはまだいるんですか、と訊いてみると、野良猫ですからいません、でもネコ用のトレイが置いてありますね、いやぁそれは…、と答えを濁されました。

こんどの2300系は高野山から下りてきた人たちでほぼ満席、立ったままカブリツキ。トンネルを抜け丹生川橋梁を渡ります。

九度山駅東側のレンガ積みの陸橋、さっきの撮り鉄ポイントです。

橋本で次の急行まで30分近くあるので、外に出てみました。JRの改札口から30000系こうや号、国鉄特急のように美しい。

まだドピーカンの橋本駅、駅前の三角亭で一杯と思っていたのですが閉まってました。

駅前のベンチで一服していると、ひょこひょことハクセキレイが近づいてきました。低い日差しの影が面白い。

「おいやん」きょうの鳥見は「でんでん」あかんかったなぁ、せやけどまた来てや、と和歌山弁でした。

すみっコの記憶

高野線のホームに戻ると往きと同じすみっコぐらし号、すみっコぐらしのキャラクター一覧に無いはにわのキャラクターは南海とコラボのオリジナルでしょうか? 途中停車駅の度に、若い女性、子どもづれファミリー、おばさまたちがスマホを向けています。

6000系のコルゲート板をバックに「とんかつ」と「しろくま」です。朝からおにぎり2つだけなのでお腹が空きました。難波に着いたらとんかつにしましょう。サンエックスのキャラクターで一世を風靡したたれぱんだの作者、末政ひかるさんと仕事をしていた時のことを思い出しました。20年以上前、おもちゃの開発や輸入を生業にしていた頃、独立されたばかりの末政さんに知育玩具のデザインをお願いしました。最高の作品に仕上がったのですが、自分のマーケティングが拙すぎました。

そんな反省をしながらもう新今宮、通天閣をバックに撮ったはずが、網がかかって通天閣かどうか判然としません。

難波に到着。すみっコぐらし×なんかいでんしゃキャンペーンは12月末までの予定なので、たぶんこれでお別れです。

なんさん通りにあった「とんかつがんこ」が閉店してしまったので、検索して「KYK」、気づいたらやっぱりすみっコに陣取っていた自分です。中学の頃にめちゃ仲の良かったN君がKYKに就職したのを思い出しました。どうしてるかな。すみっコはいろんな記憶を蘇らせてくれるようです。

140gロースかつのすみっコを開くと、おにく20%、しぼう80%くらいです。香ばしくて美味いんだよね、ここが。