なんだこれは!

今朝の日曜美術館は大徳寺展、公開される機会の少ない大徳寺龍光院所蔵の国宝曜変天目も展示されていて、カメラワークやライティング、撮影機材が超一流のせいか、これまでネットで見た龍光院曜変天目よりずっと美しく見えました。静嘉堂文庫の国宝曜変天目も公開中なので、よほど東京へ行きたいところですが、どちらも写真撮影NGらしい。残るもうひとつの国宝曜変天目、藤田美術館の曜変天目は舐め尽くすように見て写真もいっぱい撮っているので、ガマンします。

ということで日曜美術館展開催中の中之島美術館へ。

62系統のバスで渡辺橋に到着、フェスティバルプラザのキッチンジローは閉店してしまったので向かいのインデアンカレー。阪神バル横丁の店や宗右衛門町の本店にはなく食べたことのないインデアンスパゲティーにするつもりが、やはりインデアンカレーたまごのせにしてしまいました。隣の席の人のインデアンスパゲティーが美味しそうでした。ちなみにインディアンカレーではなくインデアンカレーだそうです。たまごのせは基本的に黄身だけですが、全卵で、と注文することもできるとも分かりました。

美術館への道のりにドリンクの自販機は設置されておらず、美術館の人に尋ねると入口の手前にあるとのこと、引き返すと隠れるように設置されていました。中之島では自販機は町の美観を損ねる存在と扱われているようです。

長いエスカレーターを上って5階の展示会場に到着、番組のセットが置かれていました。

1976年4月11日の第1回からの日曜美術館放送一覧のパネル。1999年5月の月岡芳年の回は赤いシマシマシャツの楳図かずお氏がゲスト。

語り継ぐ美

第1章「語り継ぐ美」展示室にはいると「水浴(大原美術館蔵)」など撮影NGのセザンヌが数点並び、続いてシュルレアリスムのベルギー人画家・ルネ・マグリット レディメイドの花束(1957年、大阪中之島美術館)。

マグリットの自画像の山高帽の男性の背中に、ボッティチェリプリマベーラの女神フローラ。どこにでもいる普通の凡人と女神の結婚を描いているらしい。見較べるとかなり細部まで細かく模写されているものの、白い肌と陰影、髪や花の繊細さなど、どう見てもボッティチェリの方が圧倒的に美しい。マグリット自身、この退屈な男の背中に大好きなプリマベーラのイメージが重なったら面白いと思っただけ、と語っているらしい。退屈な凡人の美に対する憧れを描いたものなのかも。だとするとボッティチェリへの強い憧れを持つ自分の背中と言えそうです。

アルベルト・ジャコメッティ 腕のない細い女(1958年、彫刻の森美術館)、箱根の彫刻の森美術館には3回くらい訪ねた記憶があるものの、本作を見たことがあるかどうかは微妙です。

オーギュスト・ロダン 考える人(1880年、静岡県立美術館)は久保惣と同じ小型版、静岡県立美術館には大中小3サイズが揃っているらしい。

エドヴァルド・ムンク ヴァンパイア(1895-1902年、静岡県立美術館)と宇宙での出逢い(1898-99年、群馬県立近代美術館)。

ムンクのマイスナー嬢の肖像(1907年、ひろしま美術館)、「ヴァンパイア」や「宇宙での出逢い」と違ってムンクとは思えない穏やかな肖像ですが、それでもやはりムンクならではの不安は感じさせます。

重要文化財 高橋由一 花魁(1872年、東京藝術大学)、新吉原稲本楼の遊女・4代小稲がモデルとされ、出来上がった肖像画を見た小稲が「こんな顔ではない」と涙を流して怒ったらしい。美人とは言えないものの、消えゆく江戸の美を新しい西洋の技術で克明に記録した歴史的資料として重文指定。

岸田劉生の自画像は写真NGも、支那服を着た妹照子像(1919-21年、ひろしま美術館)は写真OKでした。娘麗子像と違って美しいままに描かれています。

岩手県立美術館所蔵の舟越保武作品。ゴルゴダの丘へと十字架を背負って歩くキリストの汗と血を、自らのベールで拭ったとされる聖ベロニカ(1978年)と、脳梗塞で倒れ不自由な体で舟越が刻んだゴルゴダ(1989年)。熱心なカトリック教徒の舟越保武は舟越桂の父。

石田徹也の飛べなくなった人と燃料補給のような食事、いずれも1996年、静岡県立美術館蔵。バブル崩壊後の日本社会の閉塞感や孤独、現代人の不条理を、シュルレアリスム的手法で描くも、踏切事故により31歳で夭逝、没後に日曜美術館で特集されたことをきっかけに人気爆発。

日本美の再発見

第2章は「日本美の再発見」、2013年〜2017年にかけ縄文土器や土偶に強い思い入れと深い造詣を持つ俳優の井浦新さんが日曜美術館のMCを務めていたことにちなみ土偶と縄文土器の展示。

中空土偶(複製、函館市著保内野遺跡出土、原品は縄文時代後期期 - BC2000-BC1000年)、土偶 縄文のビーナス(複製、茅野市棚畑遺跡出土、原品は縄文時代中期 - BC3000-BC2000年)、土偶 縄文の女神(複製、山形県舟形町西ノ前遺跡出土、原品は縄文時代中期 - BC3000-BC2000年)、いずれも茅野市尖石縄文考古館所蔵。ずっと会いたかった縄文のビーナスに複製であれ会えて嬉しい。

合掌土偶(複製、八戸市風張1遺跡出土、原品は縄文時代後期期 - BC2000-BC1000年、茅野市尖石縄文考古館所蔵)、土偶 仮面の女神(複製、茅野市中ッ原遺跡出土、原品は縄文時代後期期 - BC2000-BC1000年、茅野市尖石縄文考古館所蔵)、

甲府盆地から諏訪にかけての中部高地では縄文土器や土偶が多数出土しており、石器の材料となる黒曜石の原産地で全国から人や情報が集まる縄文文化の中心地だったらしい。茅野市尖石縄文考古館の他に釈迦堂遺跡博物館(中央高速釈迦堂PA内)、山梨県立考古博物館(甲府市)、南アルプス市ふるさと文化伝承館、韮崎市民俗資料館、井戸尻考古館(長野県富士見町)、岡谷美術考古館などに行ってみたいマーカーを並べているのですが、まだ実現していません。

縄文土器 深鉢火焔型土器(長岡市岩野原遺跡出土縄文時代中期、國學院大学博物館)、これは実物です。

伊藤若冲 石燈籠図屏風(18世紀、京都国立博物館)、京博では撮影NGのはずがここではなぜかNGマーク無し。石灯籠を主役にした図屏風は若冲ならではの斬新さです。

同じ第2章に神奈川沖浪裏など北斎や国芳、月岡芳年らの浮世絵版画は撮影NGでした。

災いと美

第3章「工芸」は一部を除き全体が撮影NGで、第4章「災いと美」へ。映像展示ゲルニカです。モノクロなのはピカソが新聞記事に衝撃を受けたことが制作のきっかけになったためらしい。

幅10m以上ある鴻池朋子 マップ・インフラ・メディシン(2024年、青森県立美術館)、メディシンとは自然治癒力、インフラは道筋を意味し、身体の感覚を総動員してそれぞれのペースで歩む生き物の小径を各地で探す画家によるインフラ・メディシンプロジェクトの下、全国に設置されたアート作品の位置を示す地図らしい。

向こうへ抜ける通路を挟んで作品は続いていて、端っこのトートバッグも忘れ物ではなく作品の一部で、大事なものを捕まえたときに見えないように持ち運ぶもの、と脇のパネルに紹介されていました。

インフラ・メディシンプロジェクトのウェブサイトにメディシンインフラとはという長文があり、鹿児島の猟師に出逢い、解体されたばかりの鹿の内蔵に手を差し込んで暖を取り、里で料理してもらい美味しくいただき特別なメディシンになった、と語られていました。その鹿肉のようにメディシンとなる作品の制作を目指すプロジェクト、と自分なりに理解できた気がします。ただどの説明文も自分には難解で、画家の作品に対する思いの半分も理解できていないと思います。

ウェブサイトトップページにはプロジェクトの下、実際に展示されている作品の地図があり、ここ中之島美術館のロビーにオオカミベンチという作品が展示されています。入館する前に気づいたものの、記念写真を撮っている人がいて帰りに確認しようと思っていたのが忘れてしまった次第。大阪城公園やグラングリーンなどにもオオカミベンチのバリエーションが設置されているようです。

鴻池朋子 皮緞帳(2015年、高橋龍太郎コレクション)は、24m x 6mの牛革を繋ぎ合わせたキャンバスに水彩とクレヨン。自分の第一印象は太陽の塔の中の生命の樹、なんだこれは!

右端は大洋の火山島とその下に広がる地底世界、その左には恐竜の口の中、動物の体内のような世界、氷結した世界、左端は大木を地中から見上げた世界、でしょうか。高橋龍太郎コレクションは草間彌生、奈良美智、村上隆、ヤノベケンジらの3500点を超える世界最大級の日本現代美術コレクション。

キツネ、ヘビ、ハチ、トカゲ、フクロウ、リス、ネズミ、テントウムシ、ミミズ、イタチ、トノサマガエルなどいろんな生き物がスケール感無視で描き込まれています。その左側の氷結した世界の花々が実に美しい。

皮の継ぎ目の隙間から覗くと向こう側に別の鴻池作品。裏側に周るとまるでユーラシア大陸。

皮緞帳裏の空間には3m x 1.6mのKegare(2007年)、自分の第一印象はノアの方舟。右端のオオカミは5本脚に人間の脚が1本、口から吐き出した火炎が途中から激水流になって大洪水を巻き起こしています。なんだこれは!

ノアの方舟のつがいと異なり1匹ずつの動物がこれまたスケール感無視でゴマンと描き込まれています。

セイウチ、ホッキョクグマ、ゴリラ、ダルメシアン、トラ、カバ、アミメキリン、レッサーパンダ、トナカイ、イワトビペンギン、アオサギ、コブハクチョウ、ライオン…、ジュラ紀の始祖鳥までいます。火と水の荒波の上にはモモンガとコウモリ。

「Kegare」について作者が語るパネルに見つけた一文:

kegareを描いた頃は想像もしていなかったのですが、ここ数年を振り返ってみても、私たちの住む地球は本当に多くの災害が起こりました。コロナ禍、地震、戦争、気候変動による数々の出来事など、「災い」と呼ぶ、人間がコントロールできない生き物と、これからはさらに濃密に共に生きていかなくてはなりません。

鴻池朋子さんの作品が、なぜ「災いと美」テーマで展示されているのか、ようやく分かってきました。

作家の生き様と美

第5章「作家の生き様と美」に入ると、なんだこれは!の本家、岡本太郎 遭遇(1981年、川崎市岡本太郎美術館)、隣のモニターでは本作を作成中の太郎さんの様子。抽象的な岡本太郎と具象的な鴻池朋子、画風は全然違っているものの、描かれているのは生命力や根源的なものといった強い共通点を感じさせます。

山口晃 ショッピングモール(2015年、大川美術館寄託)は、画家が育った群馬県桐生市の町並みを描いた洛中洛外図屏風。JR両毛線桐生駅付近です。大川美術館は駅から徒歩13分くらいにあります。

三岸節子 太陽賛歌(山はくれない、1969年、一宮市三岸節子記念美術館)、49歳にして渡仏、84歳までフランスで絵筆をふるった女性洋画家初の文化功労者。加山又造 身延山久遠寺大本堂外陣天井画下図(1983-84年、東京藝術大学)、天龍寺法堂八方睨みの龍も加山作。

東京、静岡、大阪と3会場巡回の日曜美術館展ですが、会場によって展示がかなり違っており、鴻池朋子作品は大阪だけ。鴻池朋子作品がなければ、美術館を出た時の印象が全然違っていただろうと思う。