早朝植物園

府立植物園が夏の早朝開園かつ朝顔展開催で今日は7時開園。今の時期のお出かけは、①朝早く出かける、②標高の高いところへ行く、③クーラーの聞いてるところ、の3つの方法しかないのですが、①が可能です。

まだ殆ど誰もいない6時20分の阪急百貨店コンコース。6:29の9300系準特急で出発、もちろんらくらく着席。

地下鉄で北山駅到着、ローソンで朝食を調達して植物園入園は7:40。

特大極彩色の花を咲かせた背の高い花はタイタンビカス、ハイビスカスとモミジアオイの交配品種らしい。

池に置かれたワイヤーアートのようなオブジェ、精悍な十二支の日時計です。

テーブルのあるベンチで朝食、からあげクンブラックペッパー味。

朝顔展

北山門からまっすぐ進んだところの「植物展示場」で「朝顔展」、京都朝顔半日会という愛好会の主催でもう66回目とあります。

小学生の時、種から育てた思い出があるものの、こんなにしっとりと美しい花だったとは。

記憶の中のアサガオはもっと鮮やかな色だったのですが、どれもしとやかな色、まるで京友禅のゆかた。

来年の春にはアサガオの栽培にチャレンジしてみたくなりました。

サルビアの道を抜け、賀茂川門へ。

針葉樹林の道に鳥のフンを浴びた木彫りのネコ、地面から生えたままで「ヒヨクヒバ」と樹種プレートが付けられています。寿命を終えた木がアートに。

さらにフクロウも、こちらもヒヨクヒバ、まだ最近の作品のようです。後ろでなぜか真夏に実を成らせているマンリョウも気になります。

真夏の椿も、アザレアツバキです。テッポウユリが一輪。

絶滅危惧種園周辺

絶滅危惧種園に到着。ツシマギボウシは日本の固有種。

オミナエシにしては背が低く岩から生えた黄色い花はオオキンレイカ、絶滅危惧Ⅰ類で舞鶴市の天然記念物、京都福井府県境の青葉山(若狭富士)周辺でしか自生が確認されていないらしい。牧野富太郎博士の命名。

オオシオカラトンボとショウジョウトンボ。

ヒョウタン、ヘチマ、ゴーヤの棚。

ハーブ園のローマンカモミール、ヤグルマハッカのシードヘッド(花がら)。

大好きなキキョウ。オオオニバスの池には一輪だけアサザ。

目の前にかっこいいやつが止まってくれました、コオニヤンマです。

茶色い蝶はムラサキツバメ、紫色の内側は見せてくれませんでした。

観覧温室は通常通り10時開館、まだ9時です。再入場OKと確認して、賀茂川へでるとハグロトンボ。

先日の大雨でオオサンショウウオが何匹も三条大橋や四条大橋辺りまで流れてきたSNS投稿を見たのですが、どうやって川上へ帰ったんでしょう。こんな堰が何箇所もあり、自力では無理ではないかと。

再入場し冷房の効いている植物園開館でしばし休憩。10時を待って温室へ。小さなヒマワリにツマグロヒョウモン。

観覧温室

観察温室に入り、ホットリップスやオオウツボカズラを横目に高山植物室へ直行。

高山植物室には「幻の青いケシ」ことメコノプシス・ベトニキフォリア。

コマクサとイワシャジン。

エーデルワイスとキレンゲショウマ。

ワスレナグサがキュート。高山植物室の二人分しかないベンチが空いたので暫し休憩。

期待していたサギソウやマルバマンネングサには会えなかったけど大満足して北山門に戻り、地下鉄でもうひとつの目的地へ。

東山三条に到着、いつも長い行列のマルシンにぜんぜん並んでいないので初めて入ってみました。

天津飯が評判と聞いていたのでカニタマがメインの中華定食Bにしました。大盛り野菜炒めと大きな唐揚げが3つ付いてます。チョー満腹も完食。

京都国立近代美術館

心持ち涼しい白川沿いにフヨウ。幅50cmほどのもっこ橋を渡り日陰側へ。

琵琶湖疎水で逆さに写った平安神宮大鳥居、疎水を渡る橋は慶流橋でこれも明治28年の第4回内国産業博覧会時に竣工。左手の建物が今日の第2目的地、京都国立近代美術館です。

フォンタネージ展開催中ですが、コレクション展だけだと65歳以上無料。

コレクション展の4階ロビーからの眺め、向かいは京都市京セラ美術館、歌川国芳展開催中ですが、既に愛知県美術館で見ています。

重なったお堂は南禅寺の山門と法堂です。

MoMAKマスターズという自館コレクション展です。展示室の隅っこに楠部彌弌彩埏清晨花瓶(昭和58年)、アジサイの花びらが盛り上がっています。色のついた粘土を薄く塗り重ねる彩埏(さいえん)という独自技法による楠部彌弌(くすべやいち)晩年の作品。透明感のある青磁のような薄い緑色のベースも薄く平らに施された彩埏の層らしい。

東山粟田口の窯元の生まれで、京都市立陶磁器試験場付属伝習所に生徒として入所。河井寛次郎が技手、濱田庄司が助手として陶磁器試験場に勤務する少し前らしい。楠部は試験場を卒業後、実家のすぐ近くに自身の工房を構え作陶家集団「赤土社」を結成し陶芸確信運動を巻き起こす一方、工房での研究を終えた河井や濱田とも深い交流関係があり、民藝運動の影響を色濃く残す作品も制作していたものの、洗練された独自の装飾美を求め民藝運動から離れているらしい。一点を見ただけですが、また気になる陶芸家に出会ってしまったようです。

モネの積み藁、ジヴェルニー、朝の印象(1889年)は撮影NG、寄託作品のためと思われます。WikiArtにPrivate Collectionもパブリックドメイン画像が見つかりました。

モンドリアンの作品が3点。 抽象画になる前のヘイン河畔の樹(1903年頃)、コンポジション プラスとマイナスのための習作(1916年頃)、コンポジション(1929年)。

安井曽太郎 婦人像(昭和5年)、よく見かけるモデルさんは小田切はつ、上海総領事の娘で5カ国語を自在に操る才媛だそうです。

安井と共に大正から昭和の洋画界を牽引した梅原龍三郎、ルノワールに師事していたとよく分かる 坐裸婦(大正3年)と北京シリーズの 雲中天壇(昭和14年)。

速水御舟 草花図(昭和7年)、大輪のモミジアオイとトロロアオイの下にひっそりとヨメナ(?)。40歳で急逝するまで、常に新しい画風に挑み続けた天才日本画家。

横山大観 飛泉(昭和4年)、大観の代表作に「那智乃瀧」があるものの、この滝は「眼で描く芸術よりも心で描く芸術」を志した大観の心象風景らしい。「那智乃瀧」は足立美術館所蔵なので見ているはず、記憶にないものの、足立美術館庭園のポンプで汲み上げている不思議な滝はこの「那智乃瀧」をモチーフとしていて「亀鶴の滝」という名前があると分かりました。

名家畫帖「画苑」(明治後期)の神坂雪佳の頁と「画苑」全体です。24頁あって、上村松園、竹内栖鳳ら京都画壇のオールスターが各頁を担当しているらしい。めくってみたい。

「リチ・ルームへようこそ!」は、20世紀前半にウィーンと京都で幅広く活躍したデザイナー、上野リチ・リックス作品を華やかに演出。

上野リチ・リックス 馬のサーカス3点のデザイン画と七宝飾箱。とても美しく、とても楽しい。

神戸の版画家、北村今三の 関西学院原田学舎(大正9–13頃) は我が母校がまだ神戸に会った頃の様子、大先輩にあたる北村今三です。樹下マリヤ(昭和4年頃)と大阪風景(昭和初期 )他多数。

浅井忠も多数展示、ロワン河畔洗濯場(明治34年)と干網(明治39頃)、特別展開催中のフォンタネージに師事、バルビゾン派風の風景画です。

四条河原町に戻り、ロココさんでいっぷく。漸くねこづくし展チケットのお礼を言うことができました。

40℃近いはずもいつもと変わらない四条河原町の人通りです。まだ2時半ですが、朝早かったので帰ります。