中之島で考えたこと

先週名古屋から帰って美の巨人たちを見ていたら森村泰昌さんが登場、行くべきか行かざるべきか迷っていた、中之島美術館の「驚異の部屋の私たち、消滅せよ— 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ —」へ後押しされてしまいました。

さよならキッチンジロー

美術館の前にキッチンジローでランチ、「ハンコロ」「スタエビ」色々悩んで、やっぱりいつもの「メンカレ」。

テーブル脇の窓に張り紙の裏、「キッチンジロー中之島FP 閉店のお知らせ」と読め、ビックリ。

この中之島店がなくなると、九段下のお店が残るだけになりますが、ファミレスのジョイフル傘下になって、1店舗だけ運営してもメリットがあるとは思えす風前の灯火かと。

九段下の会社に勤めていた頃からなので、かれこれ40年近くお世話になったキッチンジロー、創業者の小林二郎さんにお会いした時、スタミナ焼きやハンバーグが人気ですが、実はカレーが美味いんですよねと話すと、すごく喜んでくれたことを思い出します。

自分的定番の「メンカレ」にして良かった。もうこのゴボウの出汁がよく効いたとん汁もこれで最後かと思うと涙がでてきました。ごちそうさまでした。

驚異の部屋の私たち、消滅せよ

小雨の中、5分ほど歩くと「驚異の部屋の私たち、消滅せよ」展の会場、中之島美術館が見えてきました。正面に立つSHIP's CATは今日の展覧会に関わらずいつも立っている中之島美術館のシンボル。

5階が「驚異の部屋の私たち、消滅せよ」展。SHIP's CAT Speederのドライバーはヤノベケンジ100歳の肖像、ナビゲーターはSHIP's CAT Crew、ボンネットに立つのは森村泰昌旗を持つ立てる像、後ろに旗が2本立っていてやなぎみわMirrot & Hammer

「驚異の部屋の私たち、消滅せよ」の展示室に入ります。ロゴに3人の顔が組み込まれています。

最初の展示室はヤノベケンジ、SHIP's CAT(Ultra Muse/Red)の両脇はKOMAINU −Guardian Beasts−、左側は口を閉じた吽形で右側は口を開いた阿行としっかり阿吽の形態。

後ろの黒い棘がいっぱい伸びてる茶色い大きなドームはウルトラ―黒い太陽、人工の太陽を表現するものらしい。

ウルトラ―黒い太陽の反対側にはSHIP's CAT、内部には去年北加賀屋でも見た宇宙船LUCA号。北加賀屋ではよく見えなかった背中の顔の全体が確認できました。

左下の錆びた球体はエキスポタワーボールジョイント、1970年万博のエキスポタワーの骨組みを支えていた鋳鋼製接合部材。左手の塔はタワー・オブ・ライフ(構想模型)、2003年頃に解体されたエキスポタワー内部にコケが自生しているのを見つけたヤノベ氏が生命の塔(タワー・オブ・ライフ)として構想したもの。真ん中の三角形はタワー・オブ・ライフ(断片)―未来の果実、構想模型から完成した時のタワー・オブ・ライフの一部。

横には放射線防護服をテーマにしたアトムスーツプロジェクトでヤノベ氏自らチェルノブイリを訪ねて撮影したシーン。

SHIP's CAT(Cosmo Pod)は成層圏から無事に帰還したSHIP'a CATを収納するためのキャリーケース。

ヤノベケンジとアニメーター・米山舞コラボ作品のSHIP's CAT Sun CarrierSUN SEEKER

2つ目の展示室は森村泰昌、M式OSAKA八景「パノラマ絵画奇譚」、森村氏が何者かに扮した大阪を舞台にしたセルフポートレイトを8点の巨大映画看板に仕立てた大阪名所案内です。

第五景女優降臨(大阪市中央公会堂特別室)はマレーネ・ディートリッヒ、第四景KAMAGASAKI(釜ヶ崎支援機構敷地内)はレーニンに扮した森村氏。

第八景思わぬ来客(旧寺田園)は昭和天皇とマッカーサーが細工谷(ウチからすぐ)にあった製茶問屋だった森村氏実家へやってきたと想定した場面、第七景ハイハイタウン物語(うえほんまちハイハイタウン地下一階天山閣)はオードリー・ヘップバーン、第六景禁じられたひとり遊び(旧・大阪赤十字病院中庭)はマリリン・モンローに扮した森村氏。

第二景TEKIJUKU(適塾緒方洪庵先生書斎)、緒方洪庵、大村益次郎、高松凌雲、佐野常民、橋本左内、福沢諭吉、長与専斎、手塚良庵、演ずるは全て森村氏。後ろの子どもたちもたぶん。

やなぎみわ作品展示室、展示作品は多くないなかで気になった姥山滝と題された彫刻作品、岩があぐらを組んでます。

3作家の最新プロジェクトをひとつの空間で展示。刀匠・河内國平との協働による刀剣 天地以順動、刀にに銘が刻まれ、刃文が浮かび上がっています。河内國平氏は吉野に拠点を構える、現代刀剣界の最高峰である正宗賞受賞の刀工。漆塗りは京都の佐藤喜代松商店の漆芸職人たち。やることに一切の妥協がないヤノベ氏です。

八卦連環 火と何か、とと何か。向こう側に置かれている刀の名前をチェックしそびれました。

八卦連環の掛け軸、山、地。当たるも八卦当たらぬも八卦の八卦です。この内、は森村氏とのコラボと帰ってからAIが教えてくれました。

美の巨人たちでメインとなっていた森村泰昌 境界線上の船遊び 浄瑠璃船木谷千種のためにその壱は中之島美術館コレクションに含まれる木谷千種・浄瑠璃船の船上の人物全てが森村氏。美の巨人たちでは実物大で制作した船をプールに置いての撮影シーンが紹介されていました。

裏面は浄瑠璃船木谷千種のためにその弐。太夫の読む「傾城恋飛脚」で、忠兵衛と梅川の人形浄瑠璃が演じられています。

やなぎみわ アルゴー船の船首像の両側はロンドンなどの博物館で撮影された船首像、中央のふたつは新たに石膏等で作られたものの写真を逆さに並べた写真によるアート作品。

3人の最新プロジェクトの展示室の先は何も置かれていない、白いだけの展示室。あとでパフォーマンス作品消滅美術館で、自分が通った時は上演の空白時間でした。マイム俳優、ダンサー、講談師、落語家、能楽師など様々な人たちの15分間のパフォーマンスが行われているようです。このパフォーマンスとヤノベ、森村、やなぎの作品とどう関連づけられているのかは不明。パフォーマンスの感想とかAIにも探してもらったのですが、見つからず。

会場を出るとヤノベケンジ ジャイアント・トらやん、作品としては、首や腰を回し、腕を振って歌い踊り、口から火を噴くという機能があるらしいものの、ここでの展示では動きません。北加賀屋での展示のように、音や動きがヤノベ作品には欠かせないのではと感じます。

結局3氏のコラボ作品は最初のSpeederだけ、「驚異の部屋の私たち、消滅せよ」の意味は結局自分には理解できず、ヤノベ氏の作品は充実していたものの、森村氏の作品は北加賀屋のモリムラ@ミュージアムで得た感動は得られず、やなぎ氏の作品は改めて個展等で再確認しなければと思った次第。

フェルメールはパス

「驚異の部屋の私たち、消滅せよ」と並んで4階で開催中の「高島野十郎展」のタペストリー、4階も5階と変わらず賑わっているようです。ロウソクを描いた作品で知られ孤高の画家と呼ばれる高島野十郎展は明日まで。調べてみると展覧会は巡回し、7月からは渋谷区立松濤美術館。ところが中之島美術館は1,800円なのに、松濤美術館は1,000円、展示内容はほぼ同じらしくこの差は大いに疑問です。

周知のように8月にフェルメールの真珠の耳飾りの少女がここ中之島美術館にやってきます。ところがフェルメール作品がもう1点と、他のオランダ画家の作品が10点だけで3,000円というかなりべらぼうな価格設定で、さてどうしたものかと思っていたのですが、この高島野十郎展の松濤美術館との違いを知ってフェルメール展に行く気は失せてしまいました。

森村氏の境界線上のお船遊び 浄瑠璃船木谷千種のためにと並べて中之島美術館所蔵である木谷千種の浄瑠璃船が展示されていなかったのは、森村氏の意向だったのか中之島美術館の都合だったのかは分からないものの、モディリアーニや佐伯祐三などを含む6,000点もの中之島美術館のコレクションが長く公開されておらず、死蔵されたままになっていることがかなり気になりました。北野恒富や島成園など大阪画壇の名画も多数含まれており、これらは貴重な大阪市民の財産であり、大阪を愛した人々からの思い込めた寄贈品でもあり、貴重な自館コレクションを定期的に公開することは中之島美術館にとってフェルメールで稼ぐよりもずっと大切な使命であるはず。中之島美術館の運営が長期契約で民間事業者に委託されているのであれば、せめて天王寺の市立美術館で公開すべきかと。

外へ出るとそぼ降る雨にSHIP's CATが寂しげに佇んでいました。

もういちど第七景ハイハイタウン物語、実は美の巨人で北加賀屋で見なかったこの作品が紹介されているのを見て今日の展覧会にやってきた次第。自分が15年間通いつめているお店、居酒屋のはずがなぜかうどん屋になってます。ハイハイタウン(ハイハイ横丁)で撮った写真をモノクロにして並べてみました。のれんだけじゃなくて、開業当初からと聞く木製のカウンターチェアではなく森村氏扮するオードリー・ヘップバーンが座っているのはスチール製です。でも木のカウンター(一直線に40席分あり日本一長いと呼ばれる)や床のタイルはハイハイ横丁で間違いありません。ベテランのお店の人に訊いてみたものの、森村氏がいつ撮影にやってきたかは不明でした。

いつもの白鹿本醸造(白鹿のロゴ入りグラスでお酒が美味しくなる)とやきとり(塩)でチビチビやりながら中之島美術館の問題について考察を続けている自分です。

ある美術館の館長さんが、美術館の大規模特別展は、保険料や輸送費がかかりすぎて大半は赤字、もっと常設展を大事にすべき、と話されていたことが記憶に強く残っています。フェルメール1回で藤田は3回、久保惣は電車賃含めて2回くらい行けると考えたら、フェルメールを見たい気持ちは残るもののやはりパスです。