カムカムエヴリバディ

Come come everybody. How do you do, and how are you♪ このフレーズがイヤーワームになっている人が少なくないかと。

朝ドラ、カムカムエヴリバディ。さだまさし演じるラジオ英語会話講師の聴き心地のいい語り口、半沢直樹の紀本常務を彷彿とさせる段田安則演じる良い人なのか悪い人なのか分からない稔の父、「みのる」の「の」や「いさむ」の「さ」にアクセントのある岡山弁、久しぶりにハマってます。

夫の稔が戦死、行方不明の兄算太以外の実家の皆も亡くした主人公の安子が新しい生活を始めるべく降り立った駅は、稔がかつて下宿していた「難和電鐵杉川町駅」。阪和線の杉本町駅がモデルと容易に推測がつきます。阪和間を45分で結ぶ「超特急」を走らせていた阪和電鉄、昭和19年以降国鉄阪和線ですが、稔が下宿していた頃は既に南海と合併していたはずで、難波の「難」を入れた「難和電鐵」という名前は鉄ちゃんをも納得させるよく考えられた設定です。その杉本町に行ってみようと思いつきました。

杉本町

いつになく混んでいた鳳行普通電車は鶴が丘で多くが下車、キンチョウスタジアムから名前の変わったヨドコウ桜スタジアムでWESTERN JAPAN BOWL、関学vs立命館の甲子園ボウル出場校決定戦です。結果は見事KGファイターズが6年連続甲子園ボウル出場!

高架から下りると杉本町、鶴が丘で関空/紀州路快速を待避したばかりなのに通過電車待避で5分停車。もうひとつ先、浅香駅利用者にはストレスの貯まるダイヤです。大和川の堤防まで高架にすればいいものをなぜ杉本町だけが地べたにあるのか、その謎はすぐ解けました。

何ともレトロな木造トタン屋根の跨線橋の下を区間快速が通過、223系でも旧型国電のキミドリにV字の区間快速の種別票を掲げると似合いそうです。

東側には新しい跨線橋が架かって大阪市大に直結しています。その下にレールが残されているのは大和川右岸から久宝寺、龍華、八尾へと繋がっていた阪和貨物線跡です。平成以降列車は走っていないようですが、今も航空写真で廃線跡を全線辿ることができます。

駅のトイレが不思議な場所にありました。木造跨線橋を半分下りたところが改札フロアで、そこからさらに下りた階段の陰です。汲取式だった頃のトイレがそのまま今のトイレの場所になったと思われます。

西口改札の広いフロアに絶滅危惧種のみどりの窓口が営業中、右手に特急券/定期券申込書記入台、昭和のまんまです。

トイレや改札フロアと異なり杉川町駅や昭和の面影はない西口駅舎、駅前の交番が目立つだけで何もありません。「カムカムエヴリバディの町」とか幟でも揚がっていてよさそうですがそういうのもありません。

プレハブの東口駅舎、舗装路は阪和貨物線跡、かつてここをキハ82系の「特急あすか」が通って名古屋と和歌山を結んでいました。杉本町は通過も運転停車していたはずですで、王寺の次は堺市、食堂車も営業していたそうな。

大阪市内ではレアものになった踏切です。開かずの踏切の対策として東口が開設されたようです。

丸目の223系初期車が通過、阪和線高架化事業計画時点では阪和貨物線がまだ走っていたために、杉本町駅だけが高架化から取り残されています。

大阪市大、ふたりの姪っ子たちの母校です。稔さんの頃は大阪商科大学でした。大和川の河岸まで広がる広いキャンパス、学食が4箇所もあります。

関大前や近鉄長瀬のような学生街の商店街を期待していたのですが、そういうのは全然なさそうです。「カムカムエヴリバディの町」としてキャンペーンをするニーズもなさげです。

安子がおはぎの配達で娘のるいちゃんを乗せたリアカーを自転車で牽いて野原を駆け抜けるシーンが印象的でした。そんな広がった場所が杉本町周辺にあるのかと思いきや、ありました。大阪市内でも歩いたことのないエリア、とても住吉区内とは思えない空間の広がる住吉区遠里小野、万葉集にも登場する由緒ある地名です。

若井小づえみどりのみどりさんが大家さんの下宿屋はここより北、我孫子に近い住宅が密集する浪速高校辺りではないかと推測。

大和川

大和川に出ました。稔さんから安子への手紙に、岡山の旭川に似ているという表現があったと記憶するのですが、確かにその雰囲気はあります。

泉北高速3000系8連が通過、川面にはカンムリカイツブリ。

8200系改造の6200系50番台と泉北高速7000系。撮り鉄には嬉しい上路ガーター橋です。

6000系が通過、曇ってしまったのですが、晴れていたらコルゲート板に光が反射するはず。

続いて1000系が通過。バリエーションが多くて高野線撮り鉄は面白い。

大和葛城山と金剛山をバックに30000系こうや号、真後ろのメタセコイアもいい感じですが、光が欲しい。

中洲にはヒドリガモファミリー。

南海本線の大和川橋梁を上下線の間から見上げます。こっちは下路トラス橋と下路ガーター橋なので、撮り鉄泣かせです。

ダイセル堺工場跡、イオンモール前の浅瀬にユリカモメたちが集まっています。木立の場所は阪神高速鉄砲入口、大和川左岸堤防の下を昨年全線開通した阪神高速6号大和川線が走り、4号湾岸線と14号松原線を繋がりずいぶん便利にはなったようです。淀川左岸でも同じような構造で阪神高速淀川左岸線の工事中、そのため中津や大淀、海老江では殆どバードウォッチングができなくなってしまっています。

国道26号線の橋から下をのぞくとハクセキレイ。

国道26号から西側の眺め、大和川の水深は5cmあるかないかくらい、魚も貝も藻も見当たりません。初瀬川佐保川の水がここを流れていると思うと感慨深くなりますが、淀川と較べるとやはり自然が少ないです。

東側には金剛山。

堺市内に入りました。イオンモール前のユリカモメたちです。

一斉に飛び立ちました。

なぜか3羽だけ居残り、さらに2羽が飛び立ち1羽だけ居残り。

よく見るとユリカモメじゃなくてセグロカモメです。1羽だけ残ったセグロカモメも、めんどくさいなぁ、という感じで飛び立ちました。

ラピートが通過、歩道のトンネルの右が阪神高速のトンネルです。

空港急行が通過。

阪堺の最新形1101形もラッピングになってました。

さっき飛び立ったユリカモメたちは阪堺電車の手前に降りてました。

おっ、カワアイサ。しきりに頭を川の中に突っ込んでいます。動物食らしいのですが、上からは見えない水生昆虫とかいるのかも。

賑やかなユリカモメたち、会話が聞こえてきそうです。

ユリカモメ、堺トラム羊羹、そして金剛山。8年ほど前、この場所のユリカモメたちの可愛さがバードウォッチングにハマる原因になりました。その当時と違って、なぜか橋の欄干には止まらなくなったようです。

我孫子道

我孫子道の車庫を裏側から覗いてみると、モ162(赤)、モ166(緑)、モ164(茶色)、3両ともお休み中です。

表側に回るとモ161もお休み中。今日はモ161形が1両も運用されていないことを確認できてしまいました。

我孫子道商店街が青天井になっていてビックリ。ストリートビューでアーケードに覆われた商店街、左手に草園薬局を確認できます。営業している店舗は限定的、アーケードからぶら下がっていた各店の看板も無くなっているので、商店組合自体存続しているのか、調べてみた限りでは確認できませんでした。

阪堺電車西側の安立商店街はアーケードが無事だったものの、人が殆どいなくてビックリ。アーケードにある250円お好み焼きのえいちゃんに行こうかと思ったものの、あまりお腹が減っていなかったので今日はパス。

2本見送ってツリカケのモ351形で帰ります。

「補助ステップ車」とはドアのステップの隅っこに置かれた小さな箱のことを指すと分かりました。

運転席後ろは遮光カーテン、その右側はコロナ対策のビニールのカーテンがぶら下がっていて前面展望はあきらめ、後方展望です。

Come come everybody. How do you do, and how are you♪ まだイヤーワームが鳴っているのですが、"How do you do?" は「はじめまして」の挨拶と習ったものの、アメリカ人やイギリス人から "How do you do?" と言われたことは一度も記憶にありません。「はじめまして」は "Nice to meet you" です。"How do you do?" はいわゆる死語なわけで、歌詞を見直した方がいいかも知れません。