日々是好日

日本の首都めぐり、今日は近江大津宮へ。中大兄皇子(天智天皇)は母である斉明天皇崩御後も皇太子のまま皇位にはつかず、百済救援のため出兵するも白村江の戦いで大敗、667年に飛鳥から近江へ遷都、その翌年漸く即位、壬申の乱の後、都はわずか5年で再び飛鳥の地へ戻されます。

井上靖の額田女王では、山深い飛鳥から開放感いっぱいの湖畔の大津への遷都の様子がヴィジュアルに描かれていました。今もその様子を体験できるか行って確かめてみたいと思います。

天満橋、三条、浜大津、と乗り換えて三井寺駅に到着。疎水の鉄橋を渡る600形を撮ります。背景にちらりと琵琶湖の湖面。

琵琶湖疏水第一トンネルの扁額は「氣象萬千」、伊藤博文の揮毫で「様々に変化する風光はすばらしい」という意味だそうです。

トンネルの中に光が見え、トンネルの向こう側なのかと思ったら観光船が出てきました。

近くにいた夫婦の奥さんがどうやって方向転換するんやろ、とつぶやきました。確かに。

大津歴史博物館

疎水をあとに大津歴史博物館へ向かいます。びわこ号復刻塗装の600形が踏切を行きます。

S字カーブの途中にある長等学校道踏切です。

三井寺駅から大津市役所前駅にかけての碁番目の街区に対して石山坂本線は斜めに行くのでたくさん踏切があって楽しめます。

大津商業野球部の球児たち。博物館からの帰り道でも会ったら、ひとりずつ帽子をとって、こんにちは、こんにちは、と挨拶してくれます。監督さんも挨拶してくれました。いささかくどいけど応援したくなります。

高台にある大津市歴史博物館からの眺めです。高台から湖岸までの距離は近く、狭い神戸という感じです。

大津市歴史博物館では「麒麟がくる」に合わせて企画展「明智光秀と戦国時代の大津」を開催中。比叡山焼き討ちの後、志賀郡が光秀に与えられ、安土城に次ぐ豪壮な城を坂本に建てたものの、越前一向一揆や石山本願寺との戦い、雑賀攻めなどに転戦、さらには家康の接待役と、信長に徹底的にこき使われていたことが分かります。

江戸時代の坂本のジオラマ、今とあまり変わっていないようです。古代近江大津宮の展示もあるのですが、率直なところ、大阪歴史博物館や平安京創成館と比べるとショボく、それに殆どが撮影禁止、いささかがっかりでした。

大津商業の東側の通りには大津絵のプレートが並んでいます。

別所バス停前に旧別所駅ホームが残されていました。別所駅は1967年に移転、2018年に大津市役所前に改称されています。

大津市役所の大津市民憲章、全ての項目に賛成できます。

大津市役所前駅から撮った旧別所駅を通過する600形です。

近江大津宮跡

2つ先の近江神宮前で下車。湖岸からさほど離れていないのに、結構起伏が激しく、まだまだ撮り鉄ポイントが見つかりそうです。

近江神宮駅に隣接する錦織車庫、地名はにしこおりですが、車庫はにしごおり、だそうです。テニスの錦織圭はにしこり、島根県には錦織姓が多いのですが、にしきおりと読む場合もあるようです。

石山寺行の600形が到着。ちょっと前までは15分ヘッドで坂本行と近江神宮前折返しが交互に運用されていて、坂本側の本線途中で停止して、渡り線を引き返す運用が何度も見られたのですが、10分ヘッドの全線直通になり、近江神宮前より先以外は若干不便になりました。

近江神宮前駅から100mほどのところにある、ぱっと見、駐車場みたいな大津宮錦織遺跡。内裏南門跡が発見された第一地点です。

案内板の航空写真で大津宮と琵琶湖の位置関係がよく分かります。額田女王が侍女を連れ、歩いた湖畔の葦原は、柳ヶ崎辺りかと。

柿本人麻呂の歌碑があります。

玉だすき畝傍山の 橿原のひじりの御代ゆ 生れましし…(全文と大意

柿本人麻呂がここを訪ねたのはおそらく近江大津宮が廃都されてから、まだ50年ほどだったはず。僅かな年月で草茫々の地になっていたようです。

第一地点から50mほど先に近江大津宮錦織遺跡第二地点、内裏正殿跡です。

その柱跡と思われる柱列と復元図です。イメージしていたよりかなり小規模です。近江大津宮には条坊制もなく町に広がりは大きくなかったようです。JR大津京駅や京阪大津京駅がありますが、大津京というより大津宮が正確と思われます。

近江神宮

天智天皇を祀る近江神宮へやってきました。創建は昭和15年と新しい神社ですが、鬱蒼とした広大な森に囲まれています。七五三や初参りのヤングファミリー多数。

オメガ社から寄贈された漏刻の復元模型、飛鳥の水落遺跡にある日本最初の水時計を作ったのが中大兄皇子(天智天皇)です。他にロレックス社から寄贈された火時計の復元模型もあります。

同じく境内に並ぶ日時計を見ると、白村江830kmとあって、思わずニヤリ。

回廊には百人一首のパネルがずらりと。近江神宮は今や時計よりもかるたで知られ、毎年、名人位、クイーン位戦が開催され、「ちはやぶる」の舞台ですが、天智天皇が百人一首の第一首目を歌っていることに因みます。

秋の田の仮庵の庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

因みに「ちはやぶる」はちょっとだけ見たことがあるものの、青春ドラマはもう自分にはキツいです。

国道161号南志賀ランプに面した榿木原(はんのきはら)遺跡、大津宮時代の瓦を焼く登り窯だそうです。

登り窯から200mほどのところに南滋賀町廃寺跡、寺院名も明確ではないものの、榿木原遺跡の登り窯で焼いた瓦が使われていたようです。

南滋賀駅から坂本へ向かいます。びわこ号復刻塗装の600形がやってきました。

坂本比叡山口駅から日吉大社二の鳥居の眺め、大津市歴史博物館のジオラマと同じ場所、参道右側の生源寺境内に立つイチョウの大木は江戸時代から立っているようです。

旧竹林院

日吉大社の手前、旧竹林院です。靴を脱いで主屋の座敷へ上がります。

床の間に「日々是好日」の掛け軸、ちょっと前、アマゾンプライムで日々是好日を見たばかりです。樹木希林さんの遺作となってしまった映画ですが、茶道を通して、本当にしたいことを探る女性を、終始しっとりした画面で描いています。元々ファンだった黒木華さんの好演も輝いていて、「毎年同じことができるってことが幸せなんだなぁ」という希林さんのセリフがずしっときます。その日々是好日の掛け軸がいかにも清楚な床の間に。縁側に希林さんが腰掛けていそうな空間です。

座敷の磨き抜かれた座卓の脇に「撮影してください」というパネル、座卓に反射したお庭の景色がインスタ映えする由、自分も試してみました。紅葉はまだ少し早いものの野点傘がその代わりをしてくれています。インスタにもっと綺麗な写真がたっぷりアップされています。

床の間の右手には違い棚、その上下の小さな押入れは自分の育った小さな家の八畳の座敷にもあり、袱紗とか、茶筅とか、祖母が大切にしていたお茶の道具が入っていました。

お庭の小さな池に水を注いでいるのは鹿威しじゃなくて、蛇口の無い竹筒。ポトポトと水滴が落ちてきます。

廊下の突き当りに、笹の葉だけの一輪挿し。

二階へ上がってみると少しだけ紅葉したモミジが近くなります。その手前の松の木の枝ぶりが何とも見事、植木屋さんはアーティストです。

薄い日差しに遠くのモミジをかざしてみます。二階の座敷の隅にはススキの一輪挿し。

下へおります。子供の頃の記憶が蘇る二階から見た階段、というより段梯子と呼びたい。階下から「学校遅れるでぇ」という祖母の声が聞こえてきそうです。

玄関で靴を履いて見上げると、目の前の木に妙なものがぶら下がってます。

受付の女性に訊いてみました。シダのシノブ、ここまでになるには何十年もかかるんですよ、とのこと。帰ってから調べてみると「つりしのぶ」と呼ばれ、棕櫚の皮を丸く固めたものにシダの一種のシノブを這わせたしのぶ玉をつるしたものと分かりました。江戸時代からの古典園芸で本来は夏の涼しさを演出するものだそうですが、シダが枯れて大変結構な形と彩りになってます。

お庭を廻ります。数本のモミジだけが真っ赤。

小山に立つ四阿から滝が流れてきます。水道水じゃなくて比叡山の湧き水かと。

お庭の赤はモミジだけじゃなくて、マンリョウも。実がぶら下がるのはマンリョウ、上に伸びるのはセンリョウです。

足元に「右山手をみて下さい」という立札、その通りすると、日吉大社奥宮が見えます。

お庭を覆うスギゴケ。モミジのグラデーション。

スギゴケが美しスギる。スギゴケに咲いた花のような七裂のモミジ。

小さな茶室には躙り口。灯籠の前に小さな小さな水たまり。

竹筒からポツリ…、ポツリ…、と間をおいて1滴ずつ水滴が落ちてきます。どういう仕組になっているのでしょう。

動画を撮って水滴が落ちるところを切り出してみました。

大きい方の茶室の土壁の雪隠、夏休みに茅葺きの残る従兄弟の家に泊まった時のこと、夜中に中庭の雪隠で用を足して駆け戻って来たことを思い出しました。

主屋に戻ってきました。「映え」だけじゃない、日本家屋と日本庭園の美しさと懐かしさをたっぷり楽しませてもらいました。

日吉大社

もう少しだけ坂道を上って日吉大社へ。5時からライトアップですが、まだ1時間くらいあります。

西本宮の花手水です。テントを広げたお茶屋さんに「お酒」とあります。熱燗できますか、と訊いたらできるとのこと。緋毛氈に腰を下ろして体を温めます。

話し好きの茶屋の親父さん、去年撮った紅葉のスマホ写真を見せてくれて、いつどこが見頃か教えてくれます。西教寺へは行かれましたか、西教寺もライトアップしてますよ、京都と異なり、ライトアップは大津市が実施しているので無料です、とも。

猿回しもやっていた西本宮と違ってひっそりした東本宮です。そこかしこを水が流れています。やはり比叡山の湧き水かと。ライトアップまでまだ時間があるので、茶屋の親父さんから1kmくらいと聞いた西教寺に行ってみることにします。「無料」のひとことに惹かれました。

確かに1kmほどの道程でしたが、かなりの坂道とは聞いていませんでした。西教寺に辿り着いた時にはどっぷり日が暮れてライトアップが始まっていました。ところがライトアップは光を当てるだけじゃなくて、青、赤、緑…と変化する光、これちゃうやろ。茶屋の親父さんの言っていたように、チケットブースは閉まっていたので、石段を本堂まで上ってみたものの、明智氏の桔梗紋のライトアップが目立つばかり。石段を駆け下りると最終のバスに間に合いました。

日吉大社の紅葉ライトアップです。こちらもチケットブースは閉まっていました。色は変化しないのでOKですが、やはり昼間の方が美しいと思います。

坂道を下り、帰ります。鳥見を始めたばかりの頃、この辺りでオオルリに会って大興奮したのですが、今日の鳥見はハズレ。

浜大津で800形のやり回しを撮ります。まだ6時を回ったばかりなのに、辺りに殆ど人がいません。浜大津駅からびわ湖浜大津駅に改称されたものの町に賑わいは全くありません。大津市民憲章に「一、経済を活性化し、賑わいと活力ある町づくりをめざしましょう」が必要かも。

三条京阪、天満橋と乗り換えて谷九に戻ってきました。千日前通歩道の縁石の隙間から一輪の白い花、ニチニチソウです。日々是好日を絶妙に〆てくれました。