うっかり鉄道

北の富士さんや自分同様に炎鵬萌え、シブ5時でディープな大相撲解説をしている能町みね子さんの鉄道本を見つけました。この本を買うまで知らなかったのですが、ミロのヴィーナスを彷彿とさせる美人の能町さん、何と、東大卒の元男性です。

うっかり鉄道は、客観的にどうみても鉄子さんの能町さんが、鉄道マニアであることを頑なに否定しつつも、能町流のこだわりをビッシリ詰め込んだ、北海道から沖縄までの鉄道をめぐる旅行記です。編集者のイノキンさんが同行、ちょうど阿房列車のヒマラヤ山系さんのように、能町さんの旅をぐっと味わい深いものにしてくれています。

いちばん好きな駅

最初の旅は能町さんがいちばん好きな駅、鶴見線の国道駅へ。サビサビの駅名標に惹かれて以来、アーチ状のガード下に廃墟のような商店街跡が残る昭和遺跡に年1回くらい訪ねているそうです。改めてイノキンさんと訪ねてみると廃墟に1軒だけ焼き鳥屋さんが営業中、1本50円、イノキンさんもすっかり気に入ったようです。ググってみると「国道下」というお店で、ロケーション的には阪堺線今池駅高架下のホルモン焼き「やまき」に似ています。

さて、自分のいちばん好きな駅となると、最初に思いついたのは高野下駅。同じく廃墟のような無人駅ですが、国道駅とは対照的に大自然に囲まれていて、駅舎の屋根にはキセキレイが止まってます。能町さんならきっと右書き旧字体の駅名に惹かれるはずですが、周囲に一軒のお店も無いので、難波でビールを買っておく必要があります。

かぶりつき動画とゾロ目切符

うっかり鉄道に戻り、お次は静岡の岳南鉄道。能町さん、製紙工場に囲まれた比奈-岳南原田間で子どもたちの頭越しにかぶりつき動画撮影、場所は違えど、自分もしょっちゅうやってます。

高野下から上古沢へのかぶりつき動画です。

3話目は平成8年8月8日の8ゾロ目切符を求めて駅名に八の付く駅を巡ります。4話目は平成22年2月2日22時22分に京葉線の二俣新町へ。自分にコレクション趣味はないものの、乗った電車の車番がゾロ目や連番だったりするとやはり萌えます。次のチャンスは平成33年3月3日だったものの、「平成33年が訪れないとは…平成30年の能町談」としっかり追記されてました。本書は平成22年年6月に刊行、文庫版は平成30年3月刊行です。もし平成が続いていたとしても、3時3分だと切符を売っていないのでNGだったかと。

江ノ電とゆいレール

5話目は江ノ電。海の見える踏切や腰越の併用区間は登場せずに、玄関が線路を向いている家を追いかけてます。丁寧に描かれた線路と家屋の位置関係の平面図もあって分かりやすいです。イマドキ線路を歩いて大丈夫か、とググってみたら、江ノ電は一応黙認のようです。

6話目は沖縄のゆいレール。まったり感たっぷり。まさに21世紀と感じさせてくれる高層住宅街をクネクネと走るゆいレール、クロスシートの先頭部分は大人がかぶりつき、ぜひ行ってみたい。

沖縄は勤めていたおもちゃ店が嘉手納に出店した時に1回、それとサラリーマン辞めてパソコン関連で食っていこうと考え、経済特区になると聞いて訪ねた時と2回だけ行ったことがあります。2回めの時、おもちゃ店の頃の同僚を誘って飲みに行ったら、連れて行ってもらったお店のテビチがめちゃ美味かったこと、自分を接待しても何のメリットもないのにお代は払わせてもらえず、損得なんて全然考えないウチナンチュの心意気にずいぶん関心させられたことが忘れられません。当時クリスチャン向けの棺桶を販売すると意気込んでいた彼、今どうしているのでしょう。

那覇空港からゆいレールに乗ればラムサール条約登録の漫湖もスグ。万座ビーチとかは全然興味ないけど、沖縄に行きたい!ハイサ、ハイサ、と踊りだしたくなりました。

北海道と九州

7話目は琺瑯の縦書き駅名板を追いかける旅、「おかちまち」や「にっぽり」には「うえの」や「かんだ」にはない何とも言えないおかしみを感じる能町さんに完全同意。大阪で言えばやはり「てんがちゃや」が筆頭です。

能町さんたちは琺瑯駅名板を追いかけ北海道へ。比布駅でエレキバンを手に記念写真を撮ろうとするイノキンさんを、能町さんはベタすぎると拒否するも、それに対するイノキンさんのリアクションが何ともカワイイ。既に廃駅になった千歳線の美々駅や留萌線の礼受駅訪問記は鉄ちゃん必読かと。

8話目は九州、目的地は築百年以上の木造駅舎で知られる嘉例川駅。熊本から人吉へ。ここで水戸岡デザインの車両が絶賛されているのですが、本書全体でこの部分だけ大いに異論があります。自分は工業デザインなのに機能美が感じられない水戸岡デザインを全く評価していません。

白い電車の裾にあるクハ816-17の車番が奇をてらうように一文字ずつ四角で囲われていますが、どう考えても囲みが無いほうが可読性が高いです。既にJR九州の改札内にいるのに、KYUSHU RAILWAY COMPANYと小さな文字で何箇所もあるのも全く無意味かと。何か文字を入れたいのであれば、Enjoy Kyushuとするとか、Commuter Train(CTのロゴデザインもアンチョコ杉)とあるので、今日もお勤めご苦労さまです、とでも入れた方が気が利いてます。

もう1枚は305系の車内。水戸岡デザインでインテリアによく使われる木材は、どう考えてもFRPとかイマドキの鉄道車両の一般的な素材よりずっと重いはず、エネルギーのムダです。背もたれで窓の一部が隠れてしまっているのも理解に苦しみます。車窓は狭くなり、ゴミも貯まります。水戸岡デザイン批判はいくらでも書けるのですが、これくらいにしておきます。但し、787系のつばめとかかつての水戸岡デザインは秀逸であったことは認めています。

能町さんたちは、肥薩線大畑のループ&スイッチバックへ。完全に観光路線化しているらしく、普通列車でも指定席料金を取られるものの、能町さんの興味は景色や古い駅舎よりも車内で盛り上がるおじさんたちに向かっています。観光列車ではなく、日常の列車に乗りたかったとの思いが伝わってきます。

目的地の嘉例川駅に到着、こちらも、どうやらいささか期待はずれだったことが、ロケ用のセットみたい、との一言から感じ取れました。でも嘉例川にやってきたのは古い駅を見るだけじゃなくて、嘉例川駅から鹿児島空港まで歩いてみようというのが目的と分かりビックリ。調べてみるとなるほど4.5kmほどの道のり、森の中の山道から超でかい飛行機が間近に、イノキンさんも大興奮。これは行ってみたい。千里川土手からの伊丹空港や、さくらの山公園からの成田空港とはかなり趣きの異なるプレーンビューポイントになりそうです。

駅の間が日本一短いところ

最終話は高知、目的地は「駅と駅との間が日本一短いところ」、思わずウホッ、行ったことのある場所です。その前に能町さんたちは途中下車を繰り返して伊野へ。路面にペンキで枠が描いてあるだけの駅、ノーガード電停のアナウンス、目の付け所が自分とほぼ一緒です。

伊野からはとさでんで目的地へ向かわずにJRに乗り換え、高知から薊野までの一駅は全面タイガースカラーの虎汽車、虎電車じゃなくて、虎汽車という表現からも、やはり能町さんは鉄子さんと分かります。

薊野駅で下車してどこへ向かうのかと思ったら、目的地は沢田マンションと分かり、吹き出してしまいました。高知にガウディのカサ・ミラのようなマンションがあると聞いて、友人に案内してもらったことがあります。探してみたらピンボケ写真が1枚だけ見つかりました。

高知の「あったか押し」もよく分かります。とさでんの写真撮ってると県外からいらしたのと上品な奥様に声をかけられたことを思い出します。とさでんに「おきゃく電車」というのも走っています。高知の人たちが精一杯もてなしてくれる「おきゃく文化」=「あったか押し」で、沖縄の人たちと通じるものを感じます。

とさでんに乗らず「駅の間が日本一短いところ」一条橋-清和学園前へ到着、JR土佐大津駅からすぐ近くとは気づきませんでした。目的地直前でイノキンさんが先が見えないくらい長くて古い石段を発見、そこに階段があるから、と147段を登るのですが、自分はその存在すら全く気づきませんでした。

階段を下りて「駅の間が日本一短いところ」でおおはしゃぎ、84mの駅間距離を歩いてみると67歩、実際ホーム端からホーム端まで約50mです。一条橋から清和学園前まで20秒の乗車体験も。

能町さんには最初から目的地だった訳ですが、自分の時は、ごめんからはりまや橋へ戻る途中、この場所を発見、気になって3つ先の電停から戻ってきて、調べてみると日本一短い隣接駅間距離と分かった次第。この点、自分の方が能町さんに勝ってます。先が見えないくらい長い石段には気付かなかったけど、清和学園の方へちょっと歩くと田園風景が広がり、カモやカエルたちと遊んでいました

清和学園前電停を発車した611号が通過する手前の小さな踏切のを渡ったところに案内板が見えます。ここが先が見えないくらい長くて古い石段の入口と分かりました。晴れ女のイノキンさんの神通力が消え、高知の旅は雨、自分の時も雨でした。

おわりに、というあとがきに、能町さんがこれから行ってみたい鉄道がいくつかピックアップされているのですが、高野線山岳区間が抜けてます。昨秋高野下の駅舎は小さなホテルに改装されたらしく、現状を確かめていないのですが、高野線の山岳区間には、駅周辺に民家も何もない森とトンネルに囲まれた紀伊神谷駅、猫駅の紀伊細川駅、崖の上に立つ上古沢駅、下古沢駅から高野下駅へ歩くと、廃校になった古沢小学校に隣接した元古沢幼稚園がカフェになっており、ぜひ能町さんとイノキンさんに訪ねてみてもらいたいものです。いずれも白いペンキを塗られた木造駅舎です。

巻末に相撲ファン、鉄道ファンでモデルの市川紗椰さんが解説を書いています。乗り鉄、撮り鉄等、鉄道ファンの分類を改めて紹介、能町さんは何鉄かの分類を試みるものの、結局「枠をはみだしている、変わり者です」と分類を諦めています。さて自分は何鉄、かと問わると…、やはり「鳥鉄」です。