惜別 大阪環状線103系

NHKのニュースほっと関西で、大阪環状線103系引退の特集をやってました。画面には「駅」のテツ友さんたちも登場、京橋駅で自分で描いた103系の絵を掲げ泣きじゃくりながら103系を見送る男の子に心打たれました。この番組のキャスター近田雄一アナはかなり鉄分が濃いことで知られていますが、昆虫や生き物マニアでもあり、かなりシンパシーを感じます。

なんと全国版のニュース7でもオレンジの103系のことを特集、ちょっと書かずにはいられなくなって、アマゾンドライブやブログのアーカイブから環状線103系の写真を引っ張り出してみました。青い103系の写真はいっぱい撮っていたのですが、残念ながらオレンジは多くなく、毎度のことながらもっと撮っておくべきだったと今更後悔してます。

2011年の写真、尻無川の左岸から大阪ドームをバックに。もう一枚は桜島駅に並ぶオレンジの103系。

2012年「駅」開業時の103系ワンカップ、2014年2月天王寺駅を発車する内回り電車。

ピンボケですが大阪駅の写真が見つかりました。2014年2月。大屋根バックの写真は見つからず。

2014年3月岩崎運河橋梁と、2014年9月桜ノ宮の淀川橋梁。

2015年4月桜ノ宮の桜の額縁。

2016年4月大川べりから、1年前とほぼ同じ構図でも撮ってました。

2016年12月大阪城天守閣から。

2016年12月OSAKA POWER LOOP、天王寺から西九条までかぶりつき。

高1の時、岸和田-新今宮-玉造間の通学で毎日103系に乗っていました。でも、南海の7100系や11001系(旧1000系)に較べてカッコよさも乗り心地も103系はずいぶん見劣りがして、乗っていて楽しい電車だったという記憶はありません。下校時に天王寺から新今宮まで一駅だけ関西線に乗り換えてキハ58やキハ35に乗ることばかりが楽しみで、103系には特に思い入れが無い、というのが正直なところです。

40N改造された車両は側面から見る限り、それに車内も201系と殆ど見分けがつかなかったし、201系はまだ16編成が環状線で現役なので、201系に乗って、あれっまだ走ってるやんかか、と間違う人も少なくないと思います。

阪和線の青い103系は原型の趣を残す30N改造が多くて編成のバリエーションもあり、去年の秋頃ずいぶん追いかけました。その青い103系も3連の羽衣支線を除き、一足お先にこの7月末で運用離脱した時には今日の環状線ほど大騒ぎにはなりませんでした。一方大和路線や奈良線、特に奈良線では、黄緑の103系がまだまだ現役です。

中央快速線のオレンジ色103系が引退したのは1983年、山手線の黄緑は1988年、東京では30年も前に引退した車輌が大阪では今日まで走っていたことになります。何とも物持ちがいいJR西日本です。

かつてそれほど思い入れがなかったとしても、似たような201系や大和路線では103系がまだまだ現役でも、阪和線では大騒ぎにはならなかったとしても、山手線とも比すべき大阪環状線で、質実剛健ひとすじ、昭和高度成長の主役だった103系がついに現役を去ることは、やはり記録すべき歴史の一場面と言って間違いないと思います。

去年のゴールデンウィーク明け「103系を見ながら飲む会」の写真が出てきました。桜宮公園の淀川橋梁右岸北側でビニールシートを広げ、15人くらいテツ友さんが集まりました。

電車が鉄橋を渡る音が響く度に振り返る、というなかなか忙しい飲み会でした。手前にはみんなが持ち寄った美味しいものが、食べきれないくらい並んでいます。

OSAKA POWER LOOP編成の30N改造中間車が通過、続いて30N改造クハのユニバーサルシティ・桜島行。

大阪環状線の103系は、東海道新幹線0系と比肩すべき昭和のシンボルだったと、今になって分かってきました。