深泥池と明神川

7年前に一度訪ねたきりの深泥池(みどろがいけ、または、みぞろがいけ)、その時は何の知識もなくヨシガモの写真を撮っただけだったのですが、柊野を訪ね、上賀茂のことを更に調べている中で、深泥池は氷河期からここにあり、北海道や信州でしか見られないような高層湿原(周囲より標高の高い湿地)が形成され、太古の歴史を残す特殊な生物相を今に残す極めて貴重な池と分かりどうしても訪ねてみたくなりました。

氷河時代からの池

先週と同じく出町柳から4系統のバスに乗車。深泥池バス停から5分ほどで深泥池です。

地下鉄北山駅から歩いても10分ほど、太古の昔からある池を地下鉄で訪ねることができる京都です。

イノシシではなくシカ除けの柵のゴム紐を外して入りゴム紐をかけ戻して池畔の道を進みます。

木の間隠れに浮島、冬になると冠水してしまうそうです。黄色い花がいっぱい。

太い茎に大きい黄色はヒメコウホネ。細い茎に小さい黄色は食虫植物のタヌキモ、水中に伸ばした捕虫嚢でミジンコやプランクトンを捕食するそうです。

白い花かと思ったらカプセル型の何か、水質観測装置かな。切れ込みのない丸い葉っぱはたぶんジュンサイ。ぬるっとした若芽がおすましの具になります。

丸くまとまった苔はたぶんホソバオキナゴケ。

池の東端に到着。湧水の小川が流れ、とても京都の町中とは思えない上高地や栂池かと思わせる場所です。

国土地理院地図の現在地はマップ中央の「+}、現在地の北側に突き出た半島の小山はチンコ山という名前です。Google Mapでは浮島部分が池として表示されず森の中、航空写真に切り替えると特殊な地形が確認できます。

チンコ山の根元の坂道を上ると峠の向こうは病院敷地で立入禁止になってました。つまり深泥池を周回することはできないことが分かり、引き返します。

翅先端が茶色いリスアカネです。ずいぶんアイソがよくて、自分の周りでホバリングしてくれていました。

こちらはマユタテアカネ、カメラも双眼鏡も持っていない研究者風の人がやって来て、自分の撮ってるトンボの顔を覗き込んで教えてくれました。マユとは目の上ではなく、顔面のふたつの●のことを指しているようです。

リスアカネとマユタテアカネです。

浮島と池面の青空、浮島が浮いているのは間違いなさそうです。

いささか心細い水辺の道ですが、滑り落ちたとしても足を濡らすくらいかと。ところどころ木に掛けられた赤い紐は頭上注意のためですが、足元ばかり注意してると、やはり頭を打ちました。

白い花を見たかったものの見つけられませんでした。でもヒメコウホネとタヌキモで満足。

さっきの研究者風の先生が道路沿いのところにいるよと教えてくれたベニイトトンボ、準絶滅危惧種です。

クロイトトンボです。分厚そうな艶のある切れ込みの浅い3裂の紅葉はトウカエデかと。

水に浮かぶ落ち葉は居心地がいいようです。

交尾中のベニイトトンボと、それを横目で眺めてるベニイトトンボ。

上空をリスアカネ2連が通過。

クロイトトンボが止まった水草の茎に黒光りする何かがいっぱい。

俵形の何かもいっぱい。何かの球根か、散々調べてみたものの不明です。

黒い破線の入った魚はオオクチバスの幼魚、特定外来生物です。黒い破線の無いのは在来種のモツゴかな。

余水吐(よすいばき)と呼ばれる排水口です。白いボール状のモノがところどころに浮いています。ゴミではなく池を観察用に区分するための設備と思われます。

水辺の小さなピンクはハナタデ、タデ食う虫も好き好きのタデ。

池の南西角に水門、ここから上賀茂本通沿いの明神川に繋がっているのかも。昭和2年に史跡名勝天然記念物保存法に基づき国の天然記念物に指定され現在の文化財保護法に引き継がれています。制度発祥の頃から保護され、今に至るまであらゆる開発事業から守られてきたようです。ラムサール条約に登録されてしかるべきかと。

池西側の道路からの眺め、正面の建物は立入禁止の病院、その右手がチンコ山。画面右端の背の高い植物はコハクチョウたちの大好物のマコモ、肥大化した茎(マコモダケ)を天ぷらにするとエグみのないたけのこのようで実に美味いです。

京都バス狭間町バス停です。北大路-国際会館のバスが平日のみ1日6往復だけ運行されています。池の北側は浮島ではなく浮島外縁帯という地面で、中に入れそうですが、ズボッとハマってしまいそうだし、浮島が立ち入り禁止なので止めておきました。浮島外縁帯の草原には見たことのない丸い葉がいっぱい、そこら辺の草原とはかなり違っているようです。

深泥池の地形や生物相については深泥池の美というブログサイトを何度も参考にさせてもらいました。何年も深泥池の観察を続けられている方のブログらしく、専門用語を交えつつもとても分かりやすく興味深いサイトです。今日2時間ほどの観察で自分の知ることができたのは深泥池の姿のごく一部だけ、季節を変えて何度も通うことになりそうです。

難解な川

深泥池西側の住宅地、大きな蔵が立っていたり昭和6年に京都市に編入される以前の愛宕郡上賀茂村の雰囲気が残ります。よく見ると郵便ポストの脇に愛宕大明神と刻まれた石灯籠が立っていて、周辺の排水口からは勢いよく流れる水の音が聞こえます。

岡本口公園の木陰でいっぷくして、来る前に目星をつけておいた洋食屋さんを訪ねると満席、空腹のまま上賀茂本通へ向かいます。太短い古木と小さな祠、由緒書どころか名前も見つかりませんでした。

事前に丹念に調べておいた、上賀茂本通を流れる明神川が暗渠から顔を出すところに辿り着いて超ビックリ。向こうへ流れているはずがこっちへ向かって流れています。

てっきり深泥池から流れ出た水が暗渠に流れ込み、顔を出した流れは西に向かっているはずと思いこんでいたのが全く逆。結構な水量があるのですがどこへ向かうのでしょう。この脇に石垣が組まれ、祠は見当たらず愛宕神社と刻まれた石灯籠が立っています。さっき郵便ポスト脇に立っていた石灯籠と何か関係がありそうです。

郵便ポスト脇の石灯籠とこの石灯籠を直線で結び、直線を西にずっと伸ばしてみると愛宕山頂の愛宕神社があり意味ありげです。ちなみにさっきの名もない祠もほぼこの直線上です。古くから上賀茂神社社領のこの地で上賀茂神社と愛宕神社の関係が気になります。

藤木社(ふじのきのやしろ)です。ここから上賀茂本通に沿って明神川が東向きに流れています。小さな祠ですが、推定樹齢500年のクスノキが見事です。

社家の屋敷塀と東へ流れる明神川、比叡山がくっきり見えます。明神川の分岐点にV字形に橋が掛かっていて、池殿橋と刻まれています。池殿といえば唯一人生き残った平家の武将、平頼盛ですが、上賀茂神社と関係があったのか不明です。

この川は西へ流れているとばかり思っていたのに東へ流れていてビックリしたのですが、どこへ流れているのですか、とお店を開けていたアートギャラリーのご主人らしきに、尋ねてみました。鴨川に戻ります、ときっぱり。社家のお庭やかつて広がっていた農地を潤して鴨川に戻っているそうです。

池殿橋の北側、明神川の上流が名前を変えた楢の小川を遡ります。もう一箇所目星を付けておいたお店は既にランチ営業終了でした。

御薗橋を渡ります。MKバイキングのビルが見えます。

結局ハズレの無いお店ということで餃子の王将御薗橋店で遅いランチ。やっぱり6年前と同じ御薗橋セットにしました。但し、ビールおかわりとジャスト餃子を追加。

上賀茂神社に戻ります。楢の小川を遡ると渉渓園、毎年4月に曲水の宴という十二単と狩衣の歌会が開かれるお庭です。

本殿の手前で楢の小川は二手に分かれ左手は御手洗川となって鴨川と京都ゴルフ倶楽部の池に繋がっています。右手は御物忌川でこちらも京都ゴルフ倶楽部の池から流出しているようです。

御物忌川の流れです。おっと、ハンミョウが出迎えてくれました。

かなり歩き回って足が痛くなってきたもののもう少し鴨川を歩きます。御薗橋の少し川下に排水口、池殿橋から真っすぐ伸びた流れの明神川の出口です。

ウラナミシジミがいました。

中洲の川原に何かが下りたのでとりあえず撮っておいたらキセキレイが写ってました。

上賀茂橋の少し川下にも排水口、たぶんこれが上賀茂本通を東へ流れ、社家のお庭や周辺の田んぼだったところを潤してきたもうひとつの明神川の出口で、深泥池の水も含まれているかと。だいぶ謎が解けて来ました。

満席のプレミアムカーで天満橋に到着、八軒家浜で撮った1枚がすごく綺麗で、我ながらビックリ。