上町の古地図

Image of 大阪人 2011年 02月号 [雑誌]

大阪人2月号は谷町筋特集、谷町筋じゃなくて上町筋のハイハイ横丁が出てたり、?なところもあるものの、毎日見ている風景がじっくり楽しめる雑誌になっていました。

特に興味深いのが、18世紀初めの「辰歳増補大坂図」、1806年の「増補改正摂州大阪地図」、1947年の「復興大阪市区分地図」という3枚の古地図です。

自分の現住所は大阪市中央区東平というところです。東平って何の意味?と疑問に思っていたのですが、1806年の地図では現住所あたりは北平野町となっていて、1947年の地図では東平野町となっています。どうやら東平野町が東平になったのは間違いなさそうです。

いずれの地図にも生玉神社と高津宮は大きく表示されており、自分ちがどこか簡単に見つけることができました。

周辺は寺町でたくさんのお寺があり、18世紀初めの地図でも妙法寺や、一乗寺、大仙寺といった近所のお寺が見つかるものの、生玉神社の北側のラブホ街になっているあたりも、今の下寺町と同じように、かつてはたくさんのお寺があったことがわかります。ちょっとバチあたりな感じもします。

わが家のあたりは、お寺は少なく、昔から町人や職人の住む場所だったようです。隣町(といってもこの辺は通り毎に町名がついてるので一本となりの通り)の上汐は上塩町になっているのも興味深いところです。

戦後間もない1947年の地図を見ると谷町筋は拡幅計画が記されているものの細い通りで、一方上町筋には市電が走っています。今とは逆に上町筋の方が賑わっていたと推測されます。

千日前通りにも市電は走っているものの、道幅は今の3分の1くらいしかありません。市電で上六の次は下寺町で谷九には電停がありません。

いつまでも見飽きない古地図3枚です。古い2枚は歴史博物館所蔵のものなので、今度じっくり見て来ようと思います。