ウェールズ 1978

ブレイブ・ブロッサムズの大活躍で自分もすっかり、にわかラグビーファンに。南アフリカ優勝で決着がついてしまいラグビーロスです。11月24日に花園でトップリーグチャレンジリーグ、近鉄ライナーズvsトヨタ自動車シャトルズ戦があります。ぜひ行ってみたいと思います。

イギリス(UK)から4チームも出場ということも話題になりましたが、アイルランド代表は、アイルランド共和国と北アイルランドの合同チームなので、イギリスから3.5チームが出場と表現した方がより正確かと。そのイギリス3.5チーム中、日本で最も知名度が低い国はウェールズかと。自分はそのウェールズに行ったことがあります。「きかんしゃトーマス」の世界そのままが目の前に広がっていました。

もう40年も前のことですが、写真が出てきたので、その時のことを書いてみます。大学1年から2年になる春休みの約1ヶ月、自分もバイトでいくらかは貯めていたかと思いますが、フランス語を勉強するという名目で親のスネを齧じられるだけ齧りつくしたはず。

まだ成田空港が開港する前の話で、羽田の国際線旧ターミナルからKLM機でアンカレッジ、アムステルダムを経てパリへ。パリでは語学学校へ行くこともせずに市内を歩き回ったり、スイスへ足を伸ばしたりしていたのですが、ウェールズには直接関係無いので機会を改めます。

写真はアルバムに貼ってあった紙焼きをiPhoneで撮ってレタッチしています。

ロンドン

もちろん英仏海峡トンネルができるずっと前のことで、ドーバー海峡をフェリーで渡って英国へ、入国審査がえらく厳しかったことを覚えています。

ビッグベンとロンドンバス、ルノー5も見えます。バッキンガム宮殿の衛兵は赤い制服じゃなかったので、がっかりしました。

ロンドンバスのアッパーデッキからロンドンブリッジとテームズ川に停泊する軍艦。

ロンドンのチューブ(地下鉄)はカマボコ型の天井の低い車両で、背の高い車掌さんが屋根のカーブから頭を突き出してドア操作、いくつかの駅では木製のエスカレーターも現役でした。吊り革の取手が輪っかじゃなくてボール状、革の部分がバネ状だったことも思い出されます。

半円形の公園に面した住宅、この一角のホテルに何泊かしていました。周知のようにイギリス飯はイマイチで、失敗の無いカレーばかり食べてました。インド料理やさんはいくらでもあります。ただホテルの朝食は圧倒的にフランスより豪華で美味しいです。カリカリに焼いた薄切りのトースト、両面焼きの目玉焼き、カリカリベーコン、40年も前の味を今も覚えてます。

ウェールズ

ロンドン・ユーストン駅からウェールズへ向います。蒸気機関車が走る保存鉄道乗り鉄が目的です。ロンドンのホテルに荷物を預けたまま、1泊2日の小旅行だったはず。調べてみると現状300路線くらいあるイギリスの保存鉄道、当時も200路線はあったはず、この中からどこに行くか、ネットの無い時代、鉄道雑誌とトーマスクックの時刻表で散々迷ってFfestiniog Railway(フェスティニオグ鉄道)にしました。

ナローゲージが第一の選択ポイント、この当時、尾小屋鉄道や糸魚川の東洋活性白土を訪ね、ナローゲージにどっぷりハマっていた自分です。それとネットのない情報がまだ限られていた時代でも、フェスティニオグ鉄道については情報が比較的多かったことも選択のポイントになったはずです。

どこまでも続くイングランドの低い丘陵地を眺めつつウェールズ北部のColwyn Bayに到着、海辺のリゾート地です。ホテルにチェックインしたら、日本人は初めて、と言われたことを鮮烈に記憶しています。今よりずっと地球が大きかった40年前です。

この浜辺でカモメの糞が自分の頭を直撃したことが忘れられません。それに町を散歩すると、なんか変です。公衆トイレがGents、Ladiesじゃなくて、見慣れない単語です。道路標識も英語と見慣れない単語が併記されています。ホテルでテレビをつけるとニュースが英語じゃないです。これでやっとウェールズ語の存在を知った次第です。

ウェールズ語はケルト語派で、動詞-主語-目的語の語順のVSO型、英語とは根本的に違ってます。アルファベットも29文字あって、発音も全然異なります。

翌朝フェスティニオグ鉄道へ。列車内の写真はたぶんColwyn Bayからの乗換駅、Llandudno JunctionからBlaenau Ffestiniogへの国鉄の支線車内かと。Llandudno Junctionはリャンデュドゥノと読むとばかりずっと思い込んでいたのですが、スランディドノが近いようです。つい先日テレビの世界遺産でウェールズのスランゴレンという町が紹介されていました。調べてみるとスペルはLlangollen、ウェールズにはLLで始まる地名が多いのですが、40年の謎が溶けた次第。LLは無声歯茎側面摩擦音というかなり特殊な子音で、スと発音すると強すぎるはずです。

スレート鉱山のあるBlaenau Ffestiniogと港町のPorthmadog間の21.7kmを結ぶ1フィート11 1⁄2インチ(597mm)のナローゲージ、40年前は全然知らなかったのですが、1836年開業で「現存する世界最古の鉄道会社」だそうです。屋根瓦となるスレート(粘板岩)を港へ運ぶために重力式鉄道・馬車鉄道(下りは坂道を転がし、上りは馬が引き上げる)として開業、スレート需要の減少で1947年似廃止されたものの、1955年には保存鉄道として一部区間の運行が再開されています。

Colwyn Bay → Llandudno Junction → Blaenau Ffestioniog → Pothmadog、と乗り継いだはずと思いこんでいたのですが、フェスティニオグ鉄道がボランティアの人たちの力で全線再開通したのは1982年、つまりこの時点ではまだ全線開通していませんでした。記憶が曖昧ですが、Blaenau FfestiniogからPorthmadogまでバスに乗って、当時開通していた終端まで往復したようです。終端は駅じゃなくて、山の中で線路が途切れたどこかだったことを薄っすら思い出しました。

短く切られたレール上に展示されていた静態保存の蒸気機関車、調べてみるとPrince号、1863年製のフェスティニオグ鉄道開業時の機関車と分かりました。何と2013年、150歳を期に復活しています。文久2年生まれの機関車が現役、イギリスの鉄ちゃんの半端なさは凄すぎです。

Porthmadog駅に列車が入線、機関車は機回し線を回って前方へ付け替え。機関車はMountainer II、1916年製。2006年ボイラーの検査切れで、現在はオーバーホールの順番待ちだそうです。

窓からPorthmadog駅の駅名標、窓の形からすると、どうやらMountainer IIのキャブに上がらせてもらったようです。

フェスティニオグ鉄道の沿線風景、変色してしまっていますが、要はきかんしゃトーマスのような風景です。

車内で知り合ったファミリーと40年前の自分の写真、ちょっと恥ずかしいですがリアリティを出したいのでアップします。この可愛いお嬢ちゃんも今や40代後半のおばちゃんです。

Porthmadogに戻ってきました。機関車は堤防の向こう側にあるBoston Lodge機関庫へ帰って行きます。

機関庫への堤防の外側は広大な干潟です。この当時、自分が干潟フェチになるなんて想像もしていませんでした。

マップで見ると堤防の内側の湿地帯はTraeth Glaslyn Wildlife Trustという自然保護地域、堤防の外側の干潟はトレマドック湾でカーディガン湾に続いています。カーディガン湾の観光案内サイトを見るとアカアシシギ、ダイシャクシギ、ミヤコドリ、ノスリ、さらにカツオドリやイルカまで会えるようです。

鳥鉄+ラグビー観戦、何としても再訪したいです。