河津桜の花メジロ
先週通り過ぎただけの鶴見緑地へ行ってみます。チャリじゃなくて地下鉄で。
去年の台風21号で4000本もの倒木、山のエリアは閉鎖され、逐次開園区域を広げてきたものの、3月1日から全面開園されたばかりだそうです。
この風車の羽根、構造的にどう見ても風を受けていないと今更ながら気づきました。どうやらモーターで回転させているようです。完全に本末転倒で、こういうのはキライです。オランダから設計図を取り寄せ1988年に立てられた旨のプレートがありました。花博が1990年なので、それ以前からここに立っているようですが、カタチだけで機能は設計図を参考にしなかったようです。
山のエリアの奥の方へ、メジロが出てきました。
大阪城公園とは比較にならない規模ですが、梅林があります。お内裏様みたいな衣冠束帯のコスプレヤーさんたちが梅の木の下で写真を撮ってます。鶴見緑地はコスプレの聖地だそうで、つるコスというそうです。花や森に水辺、それにいろんな廃墟があるので、絵になるんでしょうね。
大阪市最高峰の鶴見新山、45mという案内板があるものの地盤沈下して標高39mだそうです。鶴見新山裏手の桜が満開、たぶんヤマザクラです。
山の広場の桜が見事。あっ、花メジロ。十羽以上いそうです。
自分が撮っているとどんどん周りにカメラマンが集まってきました。自分が来たタイミングでメジロたちもやって来ただけですが、最初に見つけたのが自分だったみたいでちょっと誇らしいです。桜の枝の上に飛行機雲。
ソメイヨシノとは異なる艶やかなピンク、河津桜と教えてもらいました。
メジロたちは開ききった花じゃなくて、ラッパ状に開きかけた花を選んでいることに気づきました。開ききった花より蜜がたっぷりなんでしょうね。
15分くらいいっぱいシャッターを押したものの、飛んでるところはやはり難しい。気づくと周りには20人くらいのカメラマン。
すぐ近くにアンズの木の林、真っ直ぐ上に伸びて花を咲かせています。梅、桃、桜だけじゃなく、杏も三月の気になる花になりました。
四季の池に10数羽のアオサギ、1羽が入浴中、シャンプーもしたみたいです。
少し国際庭園を廻ってみました。ネパール庭園跡とタイ庭園跡には寺院建築の建物が残っています。台風の被害のせいか近づけなくなってました。
スリランカ庭園跡は何やら塀だけ、インドネシア庭園跡は石段だけ。
ブータン庭園跡はベンチだけ、潔いばかりに、もう自然に帰ったようです。
西アジアレストハウスという建物が残されていて中に入れるものの廃墟化が進んでいます。安全は確保されているようですが、やはり自然に帰すか整備し直すかしたほうが良さそうです。
1970年 大阪万博で検索すると色々見つかるものの、1990年 大阪花博で検索しても開催時の写真はかなり限定的です。開催規模や内容、社会に与えたインパクトが全然違っていたようです。
京橋で途中下車してまだ3時、行こうと思っていた立呑屋はまだ開店時間前なので、満ぞく屋さんにしました。ここの串天ぷらがお気に入りです。
カウンターのL字の角に座ると、ほどなく左に40代くらいのお兄さん、右に団塊世代の紳士が着席、しばらく3人とも黙って飲んでいたところ、自分の2本目のお銚子が届いたあたりで、右側の紳士から、司馬遼太郎に似てはりますね、と声をかけられました。さらに秋篠宮殿下に似てるかも、と嬉しいお言葉。
ブログのプロフィールアイコンは茶髪のままですが、シルバーヘアにしてもう5年くらいかな。司馬遼太郎あるいは坂本龍一は意識していたものの、秋篠宮殿下は初めてです。自分にそんな知性や芸術性、高貴さは全くないことは承知の上で、黒縁めがねを掛けるか、それとも口髭を蓄えるか、見かけだけでもこだわってみるか、と思いました。
左側のお兄さんはとても聞き上手、それにすごく細かい気遣いが行き届く人で、それをL字になったカウンターから右手の紳士もしっかり観察していたと分かり、3人で盛り上がります。左側のお兄さんは自分と同じインパクトワン、右側の紳士はメビウスの8mmか6mm、1mmでも味がしっかりしているインパクトワンをふたりでオススメして、タバコ談義でさらに盛り上がります。
お二人とも京阪沿線で、門真市にも岸和田という住所があると教えてもらいました。大阪市内からタクシーで、門真の岸和田と言っても、運転手さんは淀川じゃなくて大和川へ向かうそうです。ぜひ門真の岸和田に行ってみたいと思います。
気がついたらいつもの限界量をかなりオーバー、京橋うどんの細うどんを掻き込み、まだブラタモリまで時間があるなと、酔い覚ましのコーヒーを飲んでいたら1時間くらい眠ってしまい、ブラタモリは見逃しました。