駒川商店街

ランチがてら駒川商店街。天神橋筋商店街、千林商店街と並ぶ、大阪三大商店街のひとつだそうです。

初めて下りた谷町線の駒川中野駅、かつての阪堺電車平野線の駒川町停留所と中野停留所のほぼ中間に位置しています。階段を上がるといきなり地上にでてきてビックリ。地上に改札がある地下鉄駅は全国的にも珍しいかと。

初めての地下鉄駅ではいつもそうですが、自分の現在地がよくわかりません。マップを見ながら少し歩いてみて、全然逆方向に向かっていることに気付き、駅へ戻ると反対側に交差点をくぐる地下道がありました。地下道を抜けると駒川商店街の入口、予想していたより狭く小さいです。

アーケードに入ると先が見えないくらいず〜っとまっすぐ伸びています。シャッター下りてる率はほぼゼロに近く人通りも多いです。

さっそく美味しそうなネパール料理店を発見、Nepaleseという英単語は知りませんでした。食指が動くもののまだ商店街に入ったばかりなので、もう少し歩いてみます。

めちゃええかんじの豆腐屋さん、奥に工場があります。「あげ」や「とうふ」の囲みデザインは昭和でないと思いつかない表現です。丹頂電話ボックスを彷彿とさせる電気メーターも昭和のままかと。古いままのお店ですが、タイル壁の目地は真っ白、掃除が行き届いて極めて清潔、昭和な看板もデザインはそのままに新しいパネルに取り替えられていると分かります。この商店街で一番の早起きはこの豆腐屋さんで間違いないはず。

美味しそうな洋食屋さんを発見。でももう少し先へ歩いてみることにします。

元気いっぱいの塩干屋さん、店内ところ狭しと掲げられた大漁旗はインパクトあります。

子供の頃、靴を買うならここと決まっていた岸和田駅前商店街のお店を思い出させる靴屋さん、手前のワゴンに並んだ白い靴は小学校の上履きのようです。

昭和なお店ばかりじゃなくイマっぽいお店も少なくないです。1000円散髪屋さんとペットショップ。

なぜか肉屋さんが多いです。商店街の中になんと12軒もあります。その中には森田屋さん、お店の人に聞いてみたら、やはり瓢箪山の森田屋さんと関連するお店だそうです。森田屋ホームページには載っていないものの一枚板の看板が同じ、暖簾分けかも知れません。

婦人フォーマルウェア専門店、この品揃えはハンパないです。写真は無いのですが、パーティドレス専門店もありました。

漬物屋さんのおばあちゃんは腰が90°曲がってもバリバリの現役です。

パンプス専門店、この品揃えもすごい。駒川中野駅側から約550m、商店街の南端に着きました。

引き返します。ずいぶん流行っている八百屋さんは若いお客さんも多いです。駒川商店街は十字形で南端から100m辺りで東西の200mほどのアーケードと交差しています。

西側へ行ってみます。酒屋さんのカウンターでおっちゃんふたりが飲んでます。こういうの「角打ち」というそうです。

その先に理髪館、茶髪してたころ、難波交差点南東角の理髪館本店にはずいぶんお世話になってました。理髪館が白髪染めしかしなくなって行かなくなったのですが、結局自分も茶髪をやめてしまいました。2Fは難波本店同様に美容室の美粧館になってます。

東西のアーケードの西端です。

東西のアーケードの東側、パジャマ屋さんとくつした屋さん。

さらに帽子屋さん、ニッチとはいえないものの、かなり狭い商品カテゴリーの専門店が並んでます。ユニクロやイオンより欲しいものが見つかる可能性が高そうです。

東側を抜けると近鉄針中野駅。駒川中野駅と針中野駅は500m離れていて、谷町線と南大阪線の連絡駅にはなっていないものの、谷町線天王寺から阿倍野橋の乗り換えが便利じゃないので買物がてらランチがてら乗り換えはひとつの選択肢になるかも知れません。

アーケードの東端です。4つのアーケード端のデザインが統一されていて、ひとつの商店街組合で一元的に運営されていると分かります。複数の小さな組合に分裂している商店街より効率的で有効な施策ができるのが駒川商店街が元気な理由のひとつであることは間違いなさそうです。

地元東住吉区だけでなく、なんと大和川を越えて松原市や藤井寺市の学校まで39校もカバーしている学生服屋さん。カンコーのお店とかはよく見かけますが、メーカーののぼり旗1本掲げられていません。メーカー頼みじゃなくて、めちゃ営業努力して地元住民の信頼をがっちり掴んでいると思われる学生服屋さんです。

お腹が減りました。さっき見つけた洋食屋さんに決めました。アーケード左右の横道にも営業中のお店が広がっています。

洋食屋さんの人が店頭のランチメニューを片付けているところでちょっと焦りました。ちょうど2時を回ったところでしたが、オムライスとカニマカロニグラタン、サラダ、コーヒーのAランチにありつけました。マカロニグラタンにははぜいたくにカニ缶が盛られています。

Kindleでダウンロードした商店街はなぜ滅びるのかという本を読みながら、食後のアイスコーヒー。フレッシュがピッチャーでガムシロがポーション、ふだん行く喫茶店と逆です。商店街組合の役員と思われる人が赤いポスターを抱えて入ってきました。頻繁に集客イベントが実施されている様子です。

おしゃれなビストロもあります。ドアにさっきの商店街組合の人が配っていたものと思われるポスターが早速貼られていました。駒川プロレス、矢野時計店前に特設リング設置、アジャコング登場のようです。かなり狭い場所でど迫力かと。ちょっと行ってみたいです。

セレッソの地元、ヤンマースタジアムまでもそう遠くないはずです。WiFiの案内がありパスワードを入れて接続してみたけど、出力が弱く残念。

西端からアーケードを抜けると駒川、殆ど用水路ですがなんと一級河川です。一級河川と二級河川の違いは川の大きさじゃなくて、国土交通省の管理か都道府県の管理かの違いです。大和川の付け替えに関連した歴史的経緯で今も国の管理下にあるものと推測します。

5mくらいしかない橋が百済大橋、橋の名前から駒川は元々高麗川だったのでは。近くに百済貨物ターミナル駅もあります。古代に朝鮮半島からの渡来人が住んでいたことに由来するようです。川は商店街の南北に並行し、遠くに見える山並みは生駒ではなく和泉山脈、岩湧山あたりです。手前側北に向かって水は流れ平野川と合流しやがて第二寝屋川と合流します。つまり大和川に近いものの、淀川水系です。

マップをチェックしてみるともう長居公園まですぐです。雨も上がっていたので行ってみることにします。

長居公園の北東角に到着、植物園の門はあるもののここからは入れないので、公園を半周する他ありません。アガパンサスが綺麗ですが、植物園外で何か咲いていたのはここだけ。

大雨警報で植物園には入れないかもと心配したものの営業していました。大池はかなり増水していて水没した道の上を鯉が泳いでます。いつもの飛べなくされたコブハクチョウしかおらず、トンボも蝶も見つからず、花も少なく、上がっていた雨も土砂降りに代わり、びしょ濡れになっただけでした。

Appendix

オムライスとグラタンを食べながら読んでいた商店街はなぜ滅びるのかを一気に読み終えました。商店街が大正時代に形成された経緯から始まって、戦後政策的に保護され発展し、コンビニの抬頭と呼応するようにその凋落が始まり、すっかりシャッター街と化してしまった今に至るまでが、多くの文献の裏付けの下、理解しやすく綴られています。

その歴史を掘り下げ問題点を指摘するだけでなく、解決の糸口となる方向性も示されており、共感できます。あとがきで、社会学者の著者自身が酒屋の息子で、コンビニオーナーに転身した両親の苦労を今も目の前にしていることが告白されているように、実体験に基づくとてもリアリティのある考察です。

大店法や日米構造協議が商店街の盛衰に大きな影響を与えたことも触れられています。メーカー、輸入商社、外資系小売店と転職を重ね、大店法や日米構造協議の真っ只中でマーケティングに携わり、今や個人自営業でなんとか糊口をしのいでいる自分にとって、商店街の盛衰と自分自身の経験してきたことがオーバーラップします。旧態依然とした流通慣行をぶち壊すことに多少は寄与したはずと自負する一方、結果的に零細小売店の生活を破壊してきたであろうことはやはり忸怩たる思いがあります。

本書では、規制緩和が経済成長をもたらしたことはなく、バランスの取れた給付と規制、既得権者の延命につながらない規制が何か、地域社会の自律につながる規制が何か、業界の保護のためではなく地域で暮らす人々の生活をささえ、地域社会のつながりを保証するための規制が提議されています。

奇跡的にシャッター街化していない駒川商店街を振り返ると、肉屋さんだけが異様に多いことが少し気になるものの、商店街全体として、衣、食、住、外食、中食のバランスがよく取れたマーチャンダイジングになっています。豆腐屋さんや漬物屋さんのような昭和ノスタルジーを掻き立てるお店ばかりではなく、推測ですが、塩干屋さんや学生服屋さんは上手く事業継承されているように見えます。そこにペットショップやビストロ、さらにはネパール料理屋さんのように既存店と相乗効果が出せるような新規事業者の誘致にも成功しているようです。このような総合的なマーチャンダイジングには商店街組合の調整と理解、さらに先を見据えた戦略が不可欠で、これこそが地域社会の自律につながる地域で暮らす人々の生活をささえる規制なのかも知れません。

商店街組合のリーダーシップだけじゃなくて、それぞれのお店のモチベーションの高さとか、商売の上手さとかもあるはず。ちょくちょく通って見たくなった駒川商店街です。