近鉄に乗らずに四日市

天王寺始発の221系加茂行普通、キハ120系に乗り換え加太越え、亀山からJR東海の313系と乗り継いでJR四日市に到着。4時間かかったけど、乗り継ぎでそろぞれ30分くらい待っていたので実質は3時間くらい。レンタサイクルで末広橋梁へ。自転車には「こにゅうどうくん」というキモかわ系のゆるキャラのプレートが付いていてちょっと恥ずかしいものの電動アシスト付で240円は安い。

DD51の聖地四日市周辺撮影地ガイドというサイトオリジナルのPDF時刻表がとてもありがたいです。先週のダイヤ改正にも対応の最新版ですが、運休もありえます。その辺は運に任せて行ってみるしかないです。

末広橋梁

全国で唯一の現役の可動式鉄道橋、末広橋梁。デフォルトは跳ね上げた状態ですが、日曜日は下りた状態のままだそうです。

国指定重要文化財になってます。橋の向こう側のレールの接続部分を撮ってみました。このままだと列車は通れないので橋が繋がると金具が機械的に移動するようになっているようです。

10分程待っていたら橋が下がり始めました。

5363列車がほぼ定刻にやってきました。東藤原にある太平洋セメント藤原工場で生産されたセメントがタキ1900形に積み込まれ、この可動橋を渡ってスイッチバックした先で船に積み替えられ出荷されるようです。

折り返しの5362列車を橋の西側から。誘導の係員さんがカッコいいです。

もちろんDD51とタキ1900もカッコいいです。

鈴鹿川河口のミヤコドリ

鈴鹿川河口へやってきました。鈴鹿山脈を背景に四日市石油化学コンビナート、壮大です。

堺や尼崎よりはるかに規模が大きいです。白い点々はユリカモメ。

河口の先端に期待していたミヤコドリ、置いてきぼりをくったのか、なぜか2羽だけ。

四日市あすなろう鉄道

鈴鹿川を渡る近鉄特急。塩浜駅でタンク車の陰に旧塗装の近鉄電車がちらり。

四日市市内のいろんなところで登場する「こにゅうどうくん」、ガスタンクにも。

臨海地区だけじゃなくて、町中近くにも大規模な工場が。その脇を流れる天白川という小さな川の流れの透明度が高くびっくりします。環境保護には他都市にみられないほど敏感と思われる四日市です。

ナローゲージの四日市あすなろう鉄道、日永駅北側の小さな川を渡るところで撮り鉄してみました。ローレル賞受賞の最新型がやってきました。

パステルカラーの旧型。勾配はすごく短いレールを繋げているように見えます。

JR四日市駅に戻ってきました。何とも国鉄然とした建物、建物の外観も駅の中も米子駅にとてもよく似ていますが、米子駅よりずっと寂れています。

米子駅同様、昔の京都駅みたいな二階へ上がる階段の先にかつてはレストランがあったとわかります。改札左手には5年前に閉店したJR東海ツアーズのポスターがそのまま。駅周辺にも商業集積があった痕跡すら見当たらず、とても三重県最大の都市の代表駅とは思えません。歴史的にもこの駅が賑わっていた時期は殆ど無かったんじゃないかと思われます。

四日市-名古屋は、近鉄の急行で35分620円、JRの快速で40分470円、国鉄時代と比べると多少は近鉄に対抗できるようになったものの、結局はクルマ社会には対抗できなかった、ということでしょうね。

JR四日市駅、東側の側線にガソリンタンカーを牽いたDD51重連、西側の側線にコンテナ列車も入線。

四日市折り返しの313系が到着、これで2駅先の富田へ移動します。四日市駅すぐ北側にコスモ石油のヤード、タキ1000がびっしり。

三岐鉄道三岐線

富田駅に着くと三岐鉄道のED45形重連がタキ1900の先頭についています。つまり四日市港から東藤原までの途中、ここ富田でDD51から三岐鉄道の電気機関車に付け替えるわけです。

三岐線の旅客列車はここから5分程歩いた近鉄富田駅から。お昼がまだですが、1時間に1、2本しかないので、お昼をがまんして元西武新101系に乗り込みます。

ED45形の右奥は貨物の中身セメントの原料の石灰石を採掘する藤原岳、雪が被っていて採掘跡の無様さは隠されています。論じる程の知識は持っていませんが、四日市や北勢地区を歩くと産業や経済の発展と自然保護という命題を考えざるを得ません。自治体や太平洋セメントはじめ地元企業がこの命題にかなり神経質に携わってきたということは歩いているだけでも感じられます。

保々駅で下車、隣接した車両区を覗きます。上屋にED5081形2両がお休み中、元南海の凸形は見当たらず、どうやら東藤原の工場での入替任務についているらしい。もう少し足を伸ばしてみればよかったですが、次の楽しみに取っておきます。

元西武701系3連とED45、車庫にはトラバーサも設置されています。

元西武401系で戻ります。

電鐘式踏切が何か所か残っているのを確認、駅から遠いところが多そうですが、かぶりつきでチェックしたところ大矢知駅すぐ西側の踏切も電鐘式であることを確認。これも次回に。

富田駅に戻ってきました。使われなくなって久しい三岐線のホームが残っています。近鉄富田への近鉄連絡線ができて以降も昭和60年まで1日数本だけが国鉄富田着発が運行されていたようです。

さらに名古屋まで行ってみた

まだお昼を食べていないので、名古屋に出てみることにします。北勢線も素通りして、名古屋到着。

名古屋駅周辺は元々地理感が無い上に、ずいぶん様変わりしてしまって、人が多いばかりでどこに行っていいかさっぱりわからず、とりあえず名鉄。

名鉄名古屋駅で50cm幅の色別乗車目標とディスクジョッキーを少しだけ楽しんで急行吉良吉田行に乗車、地下から出るとEF66オリジナルタイプと並走。

金山で下車、6500系電車イマイチ薄汚れていて残念。クロスシート車とはいえ路線バスレベルのもので、313系の転換クロスシートと比べるとかなり見劣りしますが、どこまで行っても313系ばっかりのJRと違って、乗って楽しい撮って嬉しいのは間違いなく名鉄。

金山駅近くで漸くとんかつにありつけたので、帰ります。名鉄特急も新塗装化が進んでいるようです。今日4度目の313系新快速米原行に乗車、金山から乗車は大正解で名古屋からだとおそらく米原まで立ちん坊でした。

やはり四日市へは、JRよりも近鉄が便利で楽しいというのが今日の結論です。