愛宕山

大好きな落語ネタに「愛宕山」があります。京都は室町の旦那さんが芸者衆を連れて、京都の西北にある愛宕山へ野がけ、今でいうピクニックに出かけます。

そこへ大阪でしくじって京都へ逃げていた一八、茂八という幇間(太鼓持ち)の二人も参加、歌も入って賑やかなピクニックの道中が始まりますが、大阪育ちで、幇間という職業柄、山歩きはめっぽう苦手、体力のないふたりはおしりを付き合いながら、がんばるのですが、どんどん遅れていきます。

ようやく追いついてお弁当、二人が持ってきたお弁当はもうぐっちゃぐちゃ、それでも生酢し、えび、かまぼこ、レンコンと、おせちのような豪勢なお弁当とわかります。

お腹もくちて、土器(かわらけ)投げに興じます。今で言えば、ピクニックのバーベキューが終わってフリスビーですね。この土器投げが高じて、さすが室町の旦那さん、小判投げになってしまいます。

この投げた小判を一八が崖の下へ傘を広げてふわりふわりと飛び降りて、無事回収、今度は襦袢を切り裂いて長い縄をなって、それを木にかけて、びょーんと、空を飛んで戻ってくるのですが…、なんかメリー・ポピンズみたいなお噺に発展してきます。

場の転換、イメージの広がりがある噺が好きなのですが、この噺はそれが極端で大好きです。三味線や太鼓がいっぱい入って、歌も入って、落語家さんの腕の見せどころの多いお噺でもあります。

何年か前の朝ドラ「ちりとてちん」でも、米倉斉加年のおじいちゃんが、いつもラジオで聞いていたのがこの愛宕山で、劇中劇でも和久井映見が一八を演じていたはずです。

この愛宕山、行ったことはないのですが、嵐山の北、ちょうど京都の街を挟んで、比叡山と対面の位置あたりにあります。

標高924mといいますから、六甲山よりも生駒山よりずっと高い、さらに比叡山より高い、一八が息を切らせたのもわかります。

渡月橋からの写真、愛宕山は写っていませんが、この右手奥に見えるようです。

ところで、かつて嵐山から麓の清滝まで愛宕山鉄道があり、さらに清滝から愛宕山のほぼ頂上まで愛宕山鉄道鋼索線(ケーブルカー)が通じていました。

愛宕山鉄道嵐山駅は写真の嵐電嵐山駅の北側(右手)に隣接していたそうです。

嵐山から愛宕まで30分弱で結び、愛宕山鉄道自ら、山頂駅近でホテルや遊園地、さらにはスキー場まで経営していたそうです。戦前に京都市内でスキー場ですよ!

しかし当然のごとく、戦時中に不要不急路線として廃止され、戦後復活することなく消えてしまいました。昭和4年開業なのでわずか15年程の短い命でした。詳しくは京都羅生門鉄道資料館さんの愛宕山鉄道ページをどうぞ、すごい資料がびっしり詰まっています。

鉄ちゃんの遊びにウソ電というのがあって、空想の鉄道路線を敷いて、地図に線を描いたり、鉄道模型にしたり、という遊びの分野があります。我が敬愛する宮脇俊三先生にも夢の山岳鉄道という作品があって、島々から上高地の登山鉄道や富士山五合目鉄道とかがでてきます。

この愛宕山鉄道、まさにウソ電がホントになったような鉄道です。落語と登山鉄道、自分の好きな世界が両立している愛宕山、いずれ行ってみようと思います。