鉄分の濃い砂の器

木次線へ行ってみたいなと調べていたら亀嵩が気になりました。そば屋さんで知られると同時に、砂の器の舞台としてもよく知られています。

随分前に本は読んでいるものの、映画は見たような見ていないような、ありがたいことにアマゾンプライムで配信されていました。加藤剛がピアノを弾くシーンは薄っすらと記憶にあるので、以前にも見たことがあると分かったものの、この年になって分かる名優たちの素晴らしい演技と練り込まれた脚本とカメラワーク、それにふんだんに登場する昭和40年代の鉄道に、原作を読んだ時を遥かに上回る大きな感動を味わえました。画面のスクリーンショットを組み込めば手っ取り早いですが著作権に触れるので文章だけでどこまでできるか、その感動を書いてみたいと思います。

小説は殺人現場の蒲田操車場から始まるのですが、映画は犯人と被害者の会話に出てきた東北弁の「カメダ」という言葉をヒントにベテラン刑事(丹波哲郎)と若手刑事(森田健作)の秋田県羽後亀田での捜査活動から始まります。捜査は難航し焦る二人の刑事、画面は殺人事件の発端へ戻ります。クーラーのない水色の103系がびっしり並んだ京浜東北線の蒲田操車場で撲殺死体が発見されます。炎天下の都内での捜査活動、蒲田周辺のロケと思われ準急日光から格上げされた157系の特急あまぎが通り過ぎて行きます。

画面は秋田に戻ります。何の手がかりもつかめず東京へ戻ることになった二人の刑事。日本海の夕日を眺め「色が濃いみたいですね。太平洋の方だともっと浅いです。何か濃縮された感じだな。」と、とても森田健作にしか言えないセリフです。ちょうど「おれは男だ!」の頃です。二人は羽後亀田から木の背もたれのオハ61系と思われる羽越線の鈍行に乗り「羽後本荘で急行鳥海にのりかえる」とテロップが出てくるのですが、どう見ても車内は475系電車急行のボックスシートです。羽越線に電車急行が走っていたことは無いはずです。

森田健作が駅弁を広げようとすると丹波哲郎がそれを遮ってビールでもいっぱい飲もうかと食堂車へ誘います。急行電車にはビュッフェはあったものの食堂車は存在しておらず、食堂車のシーンは特急ひばりのサシ481と思われます。びっくりしたのは二人はビールを飲んだ後、ウェイトレスにお茶を頼んで、席から持ってきた駅弁を食堂車のテーブルで広げ始めたことです。かつて自分も食堂車を何度も利用したことがあるものの駅弁を食べてる人を見たことはありません。

東京に戻って捜査本部は解散したものの粘り強く捜査を続ける二人、丹波哲郎は、出雲でも東北弁に似たなまりがあると知り「カメダ」に似た木次線の亀嵩へ向います。「特急まつかぜで山陰に入る」とテロップが流れキハ82系登場!鳥取駅で丹波哲郎はホームに出て新聞を買うのですが、下りてきた車輌はキハ58系、ご丁寧に「大阪-博多」「特急」「まつかぜ」のサボが掲げられています。さらに駅名板は「とっとり」の右下は「つのい」、左下は空白になっています。つまり山陰線ではなく因美線のホームということになります。

ボックスシートで新聞を読むシーンにつづいて雄大な大山をバックに日野川を渡るキハ82、揚げ足ばかり取りつつもキハ82の優美さに改めて惚れ惚れします。宍道駅で木次線のキハ23系に乗り換え出雲三成駅に到着、翌日警察のジープで亀嵩へ。しかし登場する駅舎は亀嵩駅ではなく八川駅です。

亀嵩で登場する村の古老が笠智衆、殆ど寅さんの御前様そのもののノリです。被害者の足取りを追って丹波哲郎は伊勢へ、ここでは何と渥美清が映画館の支配人として登場、ほんの一瞬ですが、近鉄特急も出てきます。たぶん11400系旧エースカーかと。

そして容疑者を絞り込んだ丹波哲郎は大阪へ。三代目大阪駅が登場、駅前にはゼブラバスが多数も今と同じクリーム色にライトグリーンのバスも見え、この撮影当時、昭和48年頃に塗り替えられたと分かります。

ついに犯人が特定され、捜査会議で丹波哲郎は逮捕状を請求、犯人と被害者それぞれと人物像とその関係、そして犯行の動機が詳しく解き明かされ、昭和17年の亀嵩の少年時代の犯人と若い巡査の被害者との悲しく美しい里山の物語が交錯します。犯人のハンセン病を患う父親を演じる加藤嘉の演技は見事、絶対泣きます。少年時代の犯人と父親の亀嵩駅での別離の場面、療養所へ送られる加藤嘉が乗っていく列車を牽引するのはD51 620。でも木次線でD51は重すぎて走れないはず、木次線ではC56が頑張っていました。調べてみたら撮影当時は米子機関区所属、昭和50年に廃車後も大山口駅前で平成21年まで静態保存、惜しくも解体されてしまったものの山陰ゆかりの機関車で、この作品でその姿を記録されたのは良かったと思います。

主役の丹波哲郎の演技も素晴らしいです。キーハンターとかニヒルな役柄のイメージが強いのですが、ロジカルでかつヒューマンな演技が光ってました。優しさ満開の若い緒形拳もめちゃカッコいいです。新聞記者の穂積隆信、旅館女中の春川ますみ、捜査一課長の内藤武敏、捜査三係長の稲葉義男、それに菅井きんまで、自分が一番テレビをよく見ていた頃に馴染み深い俳優さんがいっぱい出演、それぞれ個性たっぷりの適材適所な演技に涙です。そうそう、島田陽子がペチャパイではあるものの美しいヌードシーンも披露でドッキリです。

俳優さんや鉄道だけでなく、昭和40年代のフェンダーミラーを生やした車たち、会議中でもみんなパカスカ吸ってるタバコ、思いっきり汚い東京のドブ川、ジョニ赤のボトルが置かれたスナックのカウンター…、今の映画やテレビが昭和40年代をいくら再現しようとしても真似のできない懐かしさ満載、脚本も練り込まれ、ひとつひとつのシーンが美しいカメラワーク、間違いなく名作です。

1枚だけ写真を。再掲ですが、この映画にも登場した165系急行アルプスです。犯人の情婦役の島田陽子が返り血を浴びた犯人のシャツを切り刻んで塩山付近で急行アルプスのグリーン車の窓からばらまきます。島田陽子は甲府で下車したと思われますが急行アルプスの終着駅が写真の南小谷駅で、昭和47年頃スキーの時に撮ったものです。