鹿威しと水琴窟

このゴールデンウィーク、何とも意地悪な天気予報ですが、初日の今日は昼過ぎまではもちこたえ、大阪は2時頃、京都は3時頃から雨模様の予想。ということで京都のお庭めぐりへ。

雨が降っても楽しいお庭は後にして、その前に川歩き。高野川にはまだ青空、賀茂川の土手にはアカツメクサがいっぱい。

賀茂川べり

シロツメクサにツバメシジミ♀、草むらの陰にナナホシテントウ。

ナノハナに一番似合う蝶はやはりモンシロチョウ。花じゃなくて葉っぱにとまったベニシジミを正面から。

アカツメクサをアップで。紫色のアカツメクサも、ムラサキツメクサとも呼ばれるアカツメクサ、色は違えど同一品種のようです。

ヤマブキとコデマリのコントラストが鮮やか、土手の上にはツルニチニチソウの青いかざぐるまがいっぱい。

出町柳駅で出発を待っていた「きらら(きみどり)」に乗り込むと「ひえい」が入線してきました。1番線ホームでカメラやスマホを構える人が多く「きらら」より「ひえい」の方が人気のようです。

このまま鞍馬まで乗って行きたいところですが、3つ目の一乗寺駅で下車「きらら」を見送ります。

一乗寺といえばラーメン激戦区、ラーメン店は概ね一乗寺駅西側の東大路通に密集しているのですが、駅から東側に向かうとラーメン二郎があって二郎マニアっぽいにいちゃんたちが並んでいました(行列が短くなった瞬間の写真)。ここ京都店は関西唯一の直系店だそうです。一度だけ都内の店舗に入ったことがあり、野菜マシマシや肉マシマシしなくても、自分にはとても完食は無理だった記憶があります。

その先の「お食事処せんなり」というお店が気になりました。店頭には何らメニューも掲げられておらず、店頭でスマホをチェックするとどうやら洋食屋さんぽいです。さっき賀茂川べりでサンドイッチを食べたばかりですが、早めのランチにします。

店に入ると洋食以外に麺類や丼も、悩んでミックスフライ定食にしました。エビフライ2尾、薄切り肉を重ねたとんかつ2個、大きめのカニクリームコロッケ、ご飯は大盛りがデフォルトのようです。いささかきつかったものの何とか完食。

その先にもラーメン店やとんかつ屋さん、定食屋さんが並ぶ曼殊院通り、暮らしやすそうな町です。

白川通と曼殊院通交差点のファミマ駐車場にベンチと灰皿、アイスコーヒーを買ってミックスフライ定食が消化するのをしばし待ちます。画面の右端に鈍い色合いのスーパーカブがとても京都の町に似合ってます。

白川通を超えると坂道、まだお腹が重いです。

詩仙堂

坂道の右手に詩仙堂の門「小有洞」、寺院というより山荘の趣ですが、元々、家康の家臣で文人の石川丈山の山荘として建てられたものです。

門をくぐり竹林の小径を行くともう一つの門「老梅関」、何気なく撮っただけですが、門が福笑いになっていてビックリ。ワザとなのか偶然なのかは不明です。

靴を脱いで本堂広間の縁側でしばし寛いでいると、カエルの声が聞こえてきます。ポリ袋に靴を入れて上るのではなく、備え付けのサンダルを履いてお庭を廻ります。

実は詩仙堂は2回目、10年前に鞍馬を訪ねた後、立ち寄っています。亡き母と一緒の京都の一日でした。今日と同じきららの901編成(当時はきみどりではなく赤)で出発、ケーブルカーを利用しつつも、足の弱った母を庇いながらなんとか鞍馬山まで往復、詩仙堂に立ち寄った後は京都駅のハマムラで夕食、伊勢志摩ライナーの近鉄特急で奈良へ帰りました。

白いミヤコワスレと青いミヤコワスレ。

えらく竹筒の太い鹿威し、コーンと鳴るまでのインターバルがかなり長いです。

斬月亭と掲げられた茶室、月とすすきの襖絵が覗いて見えます。詩仙堂は正しくは「凹凸窠(おうとつか)」と呼ばれ、凸凹した土地に建てられた住居という意味だそうです。お庭はどんどん下へ下りるようになっていて思いの外広がりがあります。

凹凸という漢字が江戸時代初期から使われていたことが分かり、調べてみると中国語でも凹凸(Āotú)と書くと分かりました。こんな象形文字の名残の強い漢字は他にないかと。枝に白い花がびっしりはオオデマリ。

お庭の一番下辺り、苔の塚に青もみじ、美しさに立ちすくみました。

ビラビラのシダは、たぶんオオタニワタリ。瓦屋根に上に茅葺きの屋根、さらに櫓が載っかっているかなり風変わりの建物の詩仙堂です。壁には福笑いの目になっていた奇妙な形の窓。

「老梅関」を抜けたところにでっかいサルノコシカケ。「小有洞」を出たお向かいのお宅に10cm以上もあるクレマチス。

圓光寺

隣接する圓光寺へ向かいます。

大規模改修されたと思われる蔵、ホーロー看板が元からあったと思われる位置に戻されています。

詩仙堂とは異なり寺院ぽい門構えの圓光寺、こちらは山荘ではなく元々徳川家康創建による学校です。詩仙堂は家康の家臣の山荘、圓光寺は家康創建の学校、先日訪ねた知恩院は家康の母、「どうする家康」では松嶋菜々子さん演じる於大の方の菩提寺で、以来徳川家の庇護を受け、境内には権現堂もあります。京都にゆかりの深い天下人といえば秀吉ですが、家康と京都の関係の深さに多く触れとても意外な思いがします。二条城は徳川の天皇家や公家、さらに京の町衆や出入りする武家に目を光らせるための京都での拠点だったわけですが、それだけでなく、家康が千年の都の歴史とそこに暮らす人々を大切に思っていたことが伺えます。

大河ドラマ「どうする家康」はステレオタイプな「たぬきおやじ」の家康ではなく、悩みばっかり抱え込むこれまでにない弱い人間としての家康を描いていてとても興味深く欠かさず見ていて、少なくとも家康は、信長や秀吉のような専制君主ではなかったのは史実ではないかと感じさせられます。

チケットボックスのご住職(たぶん)からCDに入っているような正方形のパンフをもらって、道端のシャクナゲを覗き込むと中にはハナムグリ。

石段を上がると奔龍庭という平成の枯山水。お庭の間を行くのは中高年のイタリア人ファミリー、道を開けると覚えたばかりらしき「スミマセン」。Por favorと返そうと思ったものの思いとどまったら、これはスペイン語で、イタリア語はPer favoreと分かりました。でも十分通じたはずで、お声がけしなかったことをちょっと後悔。

開け放たれた本堂玄関の絢爛たる襖絵「四季草花図」渡辺章雄作。桜のピンク、水の青、紅葉の赤、竹の緑、黄色い月、さらに梅とすすきも並んでいて、四季がごちゃまぜになっているのがかえって妙と感じさせます。侘び寂びだけじゃなくて、絢爛豪華も結構好きです。絢爛豪華があるからこそ侘び寂びの価値が高まるとも思います。

書院の奥の方に腰を下ろした眺め、お庭を眺める人たちも景色になっています。緋毛氈に腰掛けているのはさっきのイタリア人ファミリー。

ここでは玄関に戻り自分の靴を履いてお庭を廻ります。花を生けた竹が渡された手水鉢が何とも素敵、その手前の2本の竹筒は水琴窟です。

水琴窟に耳を澄ませてみました。前半は左の竹筒、後半(18"くらいから)が右の竹筒、右の方が少し音程が高いような気がします。

苔の中のお地蔵さん。詩仙堂と異なり池泉回遊式庭園ですが、花は少なく、お庭としては詩仙堂に軍配。

圓光寺からの帰り道に咲いていたオドリコソウです。今朝から何度も見かけたナミアゲハがやっと撮れました。

もいちど賀茂川へ

出町柳では雨がチラチラ、もうしばらく持ちそうなので賀茂川べりへ。

ベビーカステラ(カルガモの雛)4羽がお母さんといっしょ。

なんかとても楽しげな様子のベビーカステラちゃんたちです。

セグロセキレイの飛翔が撮り放題。

セグロセキレイも親子づれ。セグロセキレイの幼鳥は初めて見ました。