ぐるっと嵯峨野

かなりの混雑は覚悟で嵐山へ。道頓堀や奈良公園でもかなり凄いことになってはいるのですが、メインストリートからちょっと外れるだけで人は殆どいなくなります。嵐山もボトルネックになる渡月橋さえ覚悟すれば何とかなるかと。

阪急百貨店のショウウィンドウはもうクリスマスディスプレイ、今年のテーマは不思議の国のアリス。阪急のブランドイメージを象徴するディスプレイですが、今般の宝塚の件では、そのブランドイメージがかなり傷ついてしまいました。

息苦しくなるくらい混んでた9300系の特急で桂に到着、桂駅には宝塚音楽学校生徒募集のポスターが掲示されたまま、今回の問題は音楽学校じゃなくてその上の劇団の方ですが、このポスターは外した方がいいかと。宝塚の問題もジャニーズの問題も長年世間が見て見ぬふりをしていた問題が表面化したという点で共通しています。どちらも日本の文化に欠かせない素晴らしいコンテンツを送り続けてきているだけに、何としてもナットクできる問題解決を図って欲しいものです。

嵐山線の6300系に乗り換え嵐山に到着、人波に流されながら改札を出てほっとひと息。

桂川の河岸から見る限り渡月橋はそれほど混雑していないようです。嵐山はぜんぜん赤くなっていません。

中ノ島橋の袂で川面をチェックしていると流木にカワセミ、小さな魚を捕まえてきたところです。

魚の向きを変えて飲み込みました。

くちばしに魚の鱗が付いてしまってます。

ぐっと引いてみました。時代劇のロケ地としてよく登場していた中ノ島橋、その真下です。この場所なら川面に光が反射しないので魚を探しやすいはず、今後カワセミを探す時にヒントになりました。

鮮やかなコバルトブルーの下、流木の陰に溜まりがちなゴミが全くなく、嵐山の桂川がかなり美しく管理されていることに気付かされます。

セグロセキレイがでてきてこんにちは、ぼっちゃんいっしょにあそびましょ♪

天龍寺

渡月橋を渡ります。遠くから見た容子と違って結構混んでいて度々渋滞。橋の上で立ち止まって記念写真を撮っている人が多いのが原因です。交通整理のバイトの兄ちゃんが走ってきて注意するのですが、日本語だけなのでどこまで通じているかは不明。橋の北側からひっきりなしに色んな注意事項がマルチリンガルで、それもかなりの音量でエンドレスに流されています。どうやら京都府警によるもののようです。かなりうざいもののやむを得ないところです。

渡月橋を何とか渡りきり、天龍寺へ向かいます。橋を渡って川沿いから回ればいいものを歩道が大渋滞の嵐電嵐山駅の方へ直進してしまったのは失敗。勅使門からでなくても天龍寺には入れます。

庭園見学だけのチケットを買って中に入るとまた大渋滞、前回訪ねた時の比じゃなく、嵐山を舐めていたと気付かされつつ曹源池に辿り着きました。引いた画面と並べておきます。

多宝殿の裏で道が分かれ、百花苑じゃなく曹源池の裏側の道を取ると人がぐっと減りモミジが美しく、せせらぎに掛けられた竹を割った筧が風流。

お気に入りの花の名前をマルチリンガルで紹介する屋根付きの立て札、普通のツワブキと変わらない黄色に見えるものの白花艶蕗だそうです。石蕗じゃなくて艶蕗と書いた方が色っぽい。英語だとLeopard Plant、豹の花、中国語だと呉風草、だそうです。

せせらぎをボカしてツワブキ。

せせらぎの岩の苔に艶やかなピンクのブーケ。何度調べてみてもダイモンジソウと出てきます。前回もこの近くで見つけたダイモンジソウはユキノシタ科らしく2枚だけ花弁が長くて「大」の字になっていて、もっと濃いピンクでした。よく見るとこのブーケも葉っぱの形は同じ、八重咲きのダイモンジソウで間違いなさそうです。

ツワブキにキチョウ。

せせらぎから見上げた紅葉です。

前回気づかなかった坂道があり、上ってみると大方丈の向こうに視界が広がりました。望京の丘だそうです。

常寂光寺

百花苑周辺はやはりかなりの人混み、そそくさと北門から外に出てみると竹林の小径は竹下通り状態がトロッコ嵐山駅まで続いていました。小倉池からようやくゆっくり歩けるようになってモミジをチェック。

常寂光寺の山門をくぐります。

モミジのグラデーションの美しさがハンパない。

崖にマンリョウの実がぶらさがった石段を上ります。

石段を上った本堂前で振り返ると視界が広がっていて、真正面に京都タワー。

本堂裏には池、こんな高い場所に作庭された池は珍しい。

あら、ツツジが咲いてます。秋に咲くツツジはさほど珍しくないようです。

本堂裏からさらに石段が続いています。

重要文化財の多宝塔、元和6年(1620年)の建立だそうです。

今度は正面に仁和寺の五重塔。

さらに登ると小さな祠があり、謌僊祠(歌仙祠)と扁額が掲げられています。明治時代の建立で、藤原定家、家隆像が納められていて扁額の揮毫は富岡鉄斎だそうです。常寂光寺は安土桃山時代末期の創建ですが、平安時代のこの地に小倉百人一首の撰者、藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わっています。

去年の春にずいぶん苦労して上った双ヶ丘一の丘も良く見えます。

さらにさらに道は上へ、てっぺんの展望台です。何か建物があるのではなく、木が刈られ見晴らしが確保されているだけの狭い場所ですが、えらく気に入りました。

比叡山を正面に超広角の眺め、多宝塔の九輪の水煙が木の上に頭を出してます。

トビが視点と同じ高さを待ってます。

手前の屋根はJR嵯峨嵐山駅、京都行221系と亀岡方面行223系が見えます。

紅葉を愛でつつ山を下ります。

モミジと多宝塔。

本堂裏の池まで戻ってきました。

本堂は慶長年間に小早川秀秋の助力により伏見城客殿を移築したものだそうです。

正面の石段は上り専用なので脇の坂道を下りて鐘楼を見上げると絶景。

山門近くまで下りてくるとツワブキがいっぱい。

小径の脇に可愛いリンドウ。花びらの内側は白くて黒い点々。

常寂光寺、予想を遥かに超えて気に入りました。高低差があって雄大な景色から可憐な草花まで存分に楽しめるお庭は、東の銀閣寺に対して西の常寂光寺と言えそうです。拝観料500円のコスパは高い。

北嵯峨

山門を出て、ひとつ東側の道を北へ向かいます。近くのお宅の庭にピンポンマム、菊の一種です。

杉並木の道を行くと、小倉山が見え隠れ。二尊院前の喫煙所でいっぷくして東へ道をとります。

辺りに小倉百人一首ゆかりの地がいっぱいあり、ランチのお店を探しながらブラブラ歩いていると「となりの人間国宝さん」のステッカーが貼られたカフェ。カレーもあるものの、お野菜ゴロゴロカレーだけのようです。やはり動物性タンパク質が欲しいのでパス。

その先、清凉寺という名前も知らなかった巨刹の境内に入りました。平安時代中期、長和5年創建の浄土宗寺院です。

広い境内を抜けて仁王門から外に出ると大渋滞。渡月橋からまっすぐ来るとここに出てくると分かりました。

振り返ると壮大な清凉寺本堂。

となりの人間国宝さんのカフェ以降お店が見つからなくなりました。久しぶりに大沢池へ向かうことにします。大覚寺門前に茶店とかあるかと。

大覚寺バス停まで歩いてきました。売店があったような記憶があるのですがトイレだけでした。少し戻ってベンチが置かれていた雑貨屋さん(?)でとりえあずカレーパンをゲット。お店で揚げたカレーパンじゃなくて個包装されたカレーパンを、かなりの時代モノと思われるコカ・コーラの冷蔵庫と盥のメダカを眺めながらいただきます。

参拝料300円で大沢池。カモたちがいるのですが、池の中央に集まっていて、ホシハジロとオオバンが確認できたまでです。

カイツブリが近くなのですが逆光。

池を一周回って池の外の電線にモズ♀。

北嵯峨らしい田園風景が広がります。

田んぼで動く鳥に一生懸命ピントを合わせてみるとハクセキレイ。

田んぼの真ん中に千代の古道の石標、平安時代に都から大覚寺へ行く貴族たちが通った道です。左側には、

君が代の千代の古道ふりはへて 引くや子の日の嵯峨の山松 - 千蔭

加藤千蔭は江戸時代中期の歌人です。どうも意味が分からず、ChatGPTとBardに訊いてみました。ChatGPTのちょっとこれは無いという回答に対して、この歌は日本の歴史と文化の継承を願う歌、とするBardの回答は、加藤千蔭が国学者であったことからもナットクできるものです。このところ何かにつけ、この2つで検索する機会が増えたのですが、ChatGPTはIT系、Bardは文化系に強いと思います。

田んぼには稲の二番穂がよく実っています。コハクチョウたちの好物ですが、ここまでややってきません。

ホトケノザと愛宕山。

愛宕山をバックにコスモス。

兒(ちご)神社というお社にフジバカマが満開。

広沢池・佛大広沢校前というバス停があるのですが、1時間に1本だけなので、丸太町通まで歩くことにしてもういちどフジバカマをチェック、アサギマダラはもう南の国へ行ってしまったようです。

水が抜かれていてチドリが集まっているかと期待した広沢の池は満々と水を湛えていました。水抜きは12月に入ってからのようです。

丸太町通は丸太町通でも御苑付近とは全然雰囲気が異なる住宅街です。バス停前のファミレスで遅いランチ、セットについてきたうな丼はしょっぱいだけでした。広沢御所ノ内町バス停から市バス11系統でたっぷり1時間かけて四条河原町、周辺のお気に入りの喫茶店も角打ちも日曜日ですべてお休み。梅田へ帰ります。