「昭和電車少年」続き・・・映画・テレビ制作会社の思い出

著者が実相寺昭雄氏なので当然円谷プロについても述べられています。

電車の話だけじゃなく、この本には円谷英二氏との出会いとか、ウルトラQやウルトラマンなどのいろんな制作エピソードにも触れられています。いつの間にか円谷プロは世田谷区の八幡山に移転したようですが、それまで祖師谷大蔵駅近く世田谷区砧にありました。この本にも「はじめて円谷プロを訪ねたときには、平屋の分教場に倉庫をつぎ足したような粗末な風情を見て、わたしは絶句した。『まさか、これが夢の工場か?・・・』と」と述べられています。

実はこのオフィスにお伺いしたことがあり、自分も全く同じく「これがあのウルトラマンの制作会社?」と驚いたことを鮮明に覚えています。いつお伺いしたのか、何しに行ったのか、必死に考えて思い出しました。

1997年頃だと思うのですが、あるパソコンソフトのプロデューサーをしていたことがあります。3Dでキャラクターをグリグリ動かすソフトで、いろんなキャタラクターをライセンスしてもらってユーテリティソフトのシリーズ物を作ることになり、ウルトラマンのライセンスを許諾していただく交渉に伺ったはずです。

他に、ドラえもん、スヌーピー、リカちゃんや、当時流行っていたペプシマン、それにフジテレビのめざまし君などそうそうたる面々のキャラクターライセンサーに許諾していただきました。めざまし君では音入を八木亜希子アナにお願いし、お台場まで出かけその美人さに圧倒されたのを鮮烈に覚えています。

それはともかく、円谷プロにお伺いしたときは本当にびっくりです。閑静な住宅街の一画に突如現れる倉庫のような建物、入ってみると色んな小道具や大道具とかが転がっていて、商談させていただいた場所も、失礼ながら掘っ立て小屋と言ってもおかしくないような場所でしたが、初対面にも関わらず応対いただいたご担当の方がすごく誠意を持って応対いただいたことを覚えています。

ちょっと話が逸れますが、永井豪さんのダイナミックプロにもお伺いしたことがあり、ここも質実剛健的な制作現場だったことに強く印象付けられた記憶があります。巨人の星やルパン三世を生み出してきた東京ムービーとも少なからずお付き合いがありましたが、西武新宿線新井薬師前の昭和の雰囲気いっぱいの、古ぼけたビルで、何度も商談させていただきました。

今どきテレビ局とか行くと何か別世界のような感じのおしゃれさが漂う場所ばかりですが、昭和の映画やテレビの生の制作現場って砧の時の円谷プロのようなのが普通だったということなんでしょうね。